02話:聞こえた音とキミの声

 元の道に戻った僕たちは、早々にリベリオさんの家へ足を運んだ。少しずつ草木がなくなっていくのは、民家が近づいている証拠だろう。木々の隙間から、人工物が見え隠れしているのがよく分かる。
 特に何かを話すでもなくして見えてきたのは、ひとりの小説家の家と呼ぶには余り似つかないくらいに大きな家と、行く手を阻む正門だった。

「家大きいね……」
「ま、ただの小説家ってわけじゃないし」
「そうなの?」

 その問いにルシアンは答えない。変わりに、僕の目の前にランタンが差し出された。

「ちょっとこれ持って」

 ポケットから取り出した鍵束の中から、それらしい鍵を手にし、鉄格子にかけらているそれに入れる。無機質な音が、微かに耳を掠めた。

「……ねえ、本当に僕入っていいの?」
「今それ言う? 別に帰ってもいいけど」
「待ってごめん行く。行きます」

 鉄格子の鈍く擦れた音が、この場所が本当に長年使われていないということがよく分かる。当然のことではあるけど、本来客人を迎えてくれるはずの庭も、すっかりと廃れてしまっている。玄関のほう、まるでお金持ちが住んでいるかのような立派な扉がそびえたっているのが分かる。それが、どうしてかそこから先は入ってはいけないのではないかという思考にさせた。
 ルシアンの持っている鍵束のどれか。どうやらその中に玄関の鍵があるようなのだけれど、ほんの少しした後、「……どれだっけな」なんていう言葉が聞こえてきた。どうやら、どれが玄関に鍵なのかが分からないらしい。ルシアンが考えあぐねていると、僕のマフラーがロデオによって動き始めた。顔だけ出して、ルシアンの持っている鍵束をじっと眺めたかと思うと、綺麗な羽を動かして僕の元を離れていく。

「たぶん……」
「ん?」
「これだとおもう……」

 ちいさな手で触れたのは、鍵束に埋もれていたひとつの鍵だ。ルシアンは、一瞬驚いたような素振りを見せたものの、ロデオが提示したそれを手に取り、鍵穴に入れる。
 ガチャリという音が、それが正解であるということの表れだった。

「……よく分かったね?」

 ルシアンがそう口にすると、ロデオは慌てて僕のマフラーへと戻っていく。どうやら、すっかりそこが定位置になってしまったようだ。
 何となく、僕とルシアンの目が合ってしまう。お互いに含んだ笑みを浮かべながらも、玄関の扉はゆっくりと開かれた。

「……埃くさ」
「はは……そうだね……」

 一歩、屋敷の中へと足を運ぶ。見た目に似合う広い玄関のようだけれど、当然薄暗くて正直よく分からない。手にしていたランタンに日火を灯そうと、その場で一旦しゃがむ。こういうの、あんまり得意じゃないから本当は余りやりたくはないんだけど、ルシアンは今にも埃で死にそうだし。
 ぎこちない手つきながらも、取り合えず灯りをつけることには成功した。壊さなくて良かったと心底思っているところに、ロデオがマフラーから身を乗り出してランタンを眺めているのが分かった。

「きらきら……」
「ああ、ランタンって言うんだよ」
「らんたん……」

 ロデオの顔がオレンジ炎に満ちている。「あちち……」と目をぱちくりしているところを見る辺り、どうやら本当にはじめてそれに触れたようだった。

「そういえば、ルシアンって何処になにがあるかって分かってるの?」
「覚えてないこともないけど、子供の頃に入ったきりだから余り信用できないかな……。ああでも、彼の部屋が二階にあるってことは知ってるけど」
「ふうん……あ、あそこって何? 入れるの?」
「え? まあ入れるんじゃないの……って聞いてないな」

 ルシアンの声が聞こえるよりも前に、足が勝手に動く。こういうの、どうやら鍵がかかってるのは正門と玄関だけのようだった。辺りを見回すと、僕の目に飛び込んだのは、ひとつのキャンドルスタンドだ。

「ねえルシアン! これって、今はもう作られてない型のキャンドルスタンドじゃない? なんで残ってるの?」
「ああ、まあ……そりゃそういうのも残ってるだろうけど。別にそれを見に来たわけじゃないっていうか」
「あっ、待ってあれは? あの机にあるやつ」

 目に見える全てのものが、僕には新鮮に見える。その分ルシアンは如何にも興味がなさそうに、というより呆れにも近い様子で部屋に入ってきた。

「ねえルシアンあっちの部屋は?全部開いてるんだよね?」
「分かった分かった。分かったから勝手に行くのだけは勘弁して」

 ルシアンに制止されながらも、僕の足は止まることを知らなかった。「二階に行くのすら時間がかかりそうだな……」なんていう声が、後ろから聞こえてくるものの、誰にも拾われることなく地面へと落ちた。
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