09話:クチナシが馨る

 今日は、俺と宇栄原しかその場にいない。別にだからどうとかいう訳ではないが、いつもより静かに感じるそれは新鮮だった。それは恐らく、今までの人数が当たり前になっていたということなのだろう。ただそれだけのこと話だ。

「拓真さあ」

 ひとり、いつものように話しかけてくる人物は、相変わらず本に視線を落としたまま俺の名前を呼んだ。

「……なに」
「ここ最近図書館行った?」

 突然発せられたその図書館という単語に、俺は一瞬戸惑った。

「……なんで、んなこと聞くんだよ」
「いや、単に気になっただけ」

 今どうして更そんなこと聞くのかと疑問が募った。肯定も否定もしない俺をどう思ったのかは知らないが、宇栄原はそのまま話を続けた。

「別に行くのはいいんだけどね、行くのは」
「なんだよそれ……」

 宇栄原はこの言葉の続きを言うことはなかった。一体どういう意図なのかはある程度予想はつく。だから俺も、それ以上のことは口にしない。

「ねえ拓真」
「……なに」
「もし、もしもの話だけど……例えば幽霊以上の何かに出会ったとしても、おれは何もしちゃ駄目なの?」
「……どういう意味だよ」
「そのまんま。確認しておこうかと思っただけ」

 しかし、この質問の意図だけはよく分からなかった。

「状況にもよるだろ」
「状況、ねぇ」

 納得したのかしてないのか、思案をしているのであろう沈黙が流れた。

「……変なことはすんなよ」
「それは状況次第でしょ」

 撤回しないでよね。そう軽口を叩く宇栄原はいつものそれだったか、やはり少しいつもと違う。手に持っていた本を、宇栄原はそっとテーブルに置く。窓から落ちた光によってテーブルが赤に染まりかけているのが、俺の視界に入った。

「……静かだね」

 その宇栄原の呟きに、俺は答えることをしなかった。
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