第9話:真実の在処

「……死亡した四人には、刃物で刺されたような傷が複数あり、刃物が屋敷の何処からも見つからなかったということと、家の主であるレズリーがどんなに探しても見つからないという点から、警察は最終的に彼が犯人であると断定した。……だが、私はそれに疑問を持った」
「疑問……?」
「ああ。……それは、彼の家で人ひとりが消える程の魔法が使われたということだ」

 魔法という単語を聞いた時、オレはどきりとした。

「貴族の家で起きた事件ということと、彼が失踪したということから、この街の貴族が総動員されるという異例な出来事があってね。そこで、警察との繋がりが深いノーウェン家が捜索の指揮をとりながら、現図書館長であるクレイヴと、予てからレズリーと親交があった私が、彼の家を捜査することになったんだ。私とクレイヴは、彼の家に向かう道中から、既に魔法が使われているという確信を持っていた。それくらいの魔法が使われた……いや、暴走したといった方が正しいだろうね」
「暴走……」
「……今日、キミが起こしたそれに近いものかな」

 それはあれか、オレの周りを風が取り巻いたあの時か。余り覚えてないけど、なにか、知らないものに憑りつかれたような、そんな感覚だった。

「魔法は本来、使役者……つまり貴族がそれを望まない限り、使われるということはまず無いし、暴走するなんてことも無いと言ってもいい。だが、逆に言うなら、使役者本人がそれを望めば、意図的に自分の魔法を暴走させることも可能ということになる。……そして、それを止められる人物がいなければ、そのまま魔法と共に消えていくことになる。……それが起きたら、我々ではもうどうすることも出来ないんだよ。暴走を起こすということは、魔法を使役していた人物をのみ込みながら魔法と共に消えるということなんだ」

 アルセーヌが、オレをじっと見つめる。その瞳から目を離すことになるのは、まだ先のことだった。

「そしてそれは、何らかの形で市民が魔法を使えてしまった場合に起こることが圧倒的に多い。何故なら、市民は魔法を使う資格というものを持っていないからだ。だから、自らの意思で魔法を制御するということ自体が容易ではない。……それは、何となく分かるね?」
「う、うん……」
「と言っても、そう多く起こる現象ではないが……。私が、この事件で何が一番引っかかっているかと言うとね、つまり、あの事件に巻き込まれた事件の中で、本当にレズリーだけが魔法を使えたのか? という部分だ」

 なにか、嫌な予感が頭を過る。

「状況証拠的な観点から言えば、レズリーが犯人である可能性は否定できない。ただ、本当に彼が犯人であるという証拠はない。他の人間が犯人だったという可能性は十分にあり得るんだよ」

 ここまで聞いて、アルセーヌがオレに何を言いたいのかを理解するのは容易だった。

「……つまり、アルセーヌは父さんと母さんも容疑者だって言いたいんだよね?」
「あくまでも可能性の話だよ。そこにいた従者だってそうだ。私はまだ、誰が犯人なのかという結論に辿りついていない。警察だって、こちらに捜査を要請しておきながら、犯人であるレズリーが凶器を持って逃げたと決めつけた。……まあ、本当にそれが真実なのか?という、ただのいち貴族の疑問だよ」

 ただのいち貴族の疑問。確かにそうかも知れない。だけど、その疑問が出てくるということは、犯人の決定的な証拠がなく、それだけこの事件が不可解であるということなのだろう。
 もし、事件の犯人が父さんか母さんだったら? そんな余計なことを考えてしまっていた。

「……シント君。私は、キミにふたつ程お願いをしなければならないのだけれど、聞いてくれるかい?」
「……なに?」
「ひとつは、今後レズリーの家にひとりで行ってはならないということだ」
「え……?」
「今日あった彼……。あそこで起きたこと、あの場所に残っていたものが何なのかは、まだ私の中で明確な答えは出ていないから何とも言えないが……。これは決して脅すわけではないのだけれど、彼の様子は明らかにおかしかった。と言うより、魔法にのまれかけている時のそれに見えた。例えば……次に彼の家にキミがひとりで行った場合、もしまたあの状態だったとしたら……。私は、キミの命の保証をすることが出来ない。だから……」

 アルセーヌの言葉が途中で止まる。次の言葉を探しているのか……いや、オレにはどこか今までと様子が違うように見えた。

「……とにかく、今後ひとりであの場所には行かないで欲しい。約束できるかい?」
「う、うん……それはいいけど……」
「それともひとつ……そのブレスレットだけれど……。どうやら私は少し勘違いをしていたらしい。確かに、それには魔法が込められてはいるが……」

 そして、ゆっくりと言葉を向けた。

「……大切に持っておきなさい。それは、必ずキミを助けてくれるはずだよ」

 袖から少しだけ顔を出すブレスレットが視界に入る。前、似たようなことをレズリーも言っていた。どうして皆、これに拘るのだろう。それに、アルセーヌがしていた勘違いって一体なんのことなのか。こういう疑問っていうのは、思ったのならちゃんと聞いた方が良いのかも知れないけど、そのアルセーヌの様子を見て切り出せるほど、オレは馬鹿ではない。

「……すまないが、今日はここまででいいかい? 余り調子が良くなくてね」
「う、うん……」
「ネイケル君、悪いが彼を家まで送ってくれないかな?」
「えー? オレ、タダ飯食いに来ただけなんだけど?」
「だったら尚更だよ。たまには、そのタダ飯とやらの分くらいは働きなさい」

 しぶしぶといった様子で席を立つネイケルに合わせて、リアが身体を動かした。それは、客人を送り出す時のそれだったから、オレの身体も勝手に動く。アルセーヌに何かを言わなければならない気がするのに、その何かを言葉に出来ないでいた。
 ネイケルが、じっとアルセーヌを見つめる。面倒くさそうに、アルセーヌが口を開いた。

「……何かな?」
「別に? 大変だなって思っただけ」
「……いいからさっさと行きなさい」
「分かった分かった。あ、オレは戻ってくるから締め出さないでね」

 そう言いながら、足を翻すネイケルの後を追おうとしたとき。言わないといけないことというものが、やっと形になったのを感じた。

「あ、あのさ……」
「……なんだい?」
「アルセーヌだよね? オレをここまで背負ってくれたの……。全然覚えてないけど……」

 アルセーヌはそれに答えない。でも、アルセーヌ以外の誰かが、この家まで連れてきてくれた、なんてことはきっとない。なんとなく、そんな気がしたから。

「だから……あ、ありがとう……」

 これくらいはちゃんと言っておかないといけないって、そう思ったのだ。

「じゃ、じゃあね……っ」

 ドタドタと、騒がしく足音を立ててアルセーヌを視界から消す。言及されないように、出来るだけ早く家から姿を消した。

 ――思ってもいなかった彼の言葉。それが私に笑みを溢させたが、それと同時に、酷くのしかかる疲労が私に溜め息を落とさせた。

「はあ……」
「……だ、大丈夫ですか?」

 戻ってきたリア君の声が、近くから聞こえる。

「ああ……」

 その言葉だけを返すのが、精一杯だった。
 魔法という存在はのはとても面倒だ。なんだか、久しぶりそれを痛感した気がする。まともに力を使うとすぐこれだし、この、魔法という存在に身体を持っていかれそうになる感覚は、どうやっても慣れたものではない。最も、こうなる程の魔法なんて使うつもりは無かったのだけれど……。
 レズリーが放ったあの台詞と、それに付随する行動が、私にそうさせた。

『……ねえアルセーヌ。どうして彼は、あの時のことを何も覚えてないんだろうね?』

 人ごとの様に言葉を羅列させる彼。

『……早くここから離れてくれないと、私は……』

 そして、私の後ろで血に塗れたナイフを手にしている彼。

『私は、君たちを殺してしまうかもしれない』

 その中にある、一瞬だけ垣間見えた本当の彼。あの時と何ら変わらなかった彼の、優しい笑みの中に見え隠れする、感情を無理やりおし殺しているかの様に歪む眉。
 十二年前なら、彼が犯人ではないと言うことが出来た。仮にもそれなりに親交があったし、どちらかといえば、犯人であって欲しくないという思いの方が先立っていた。それは今も変わらない。でも、だ。今の私は、彼が犯人ではないと言い切れる自信がない。

「……あの、アルセーヌさん。……その、どうして私は、また同席を求められたのでしょう?」

 その言葉が、ひどく耳障りに聞こえる。何故なら、その馬鹿らしい問いは、愚問以外の何物でもなかったからだ。私を心配したのかなんなのか、近くに寄ってきた彼女の腕を掴む。その顔は、当然ながら驚きに満ちていた。

「本当に、分からないか?」

 顔が近い。我々の間に入るソファの肘掛けが、非常に邪魔だ。

「まさかこれまでの会話が、シント君のみに向けられているものだと本気で思っている訳ではないだろう?」

 言うだけ言って、腕を話したと同時にソファへと倒れこむ。

「はあ……」
「あ……」

 まるで時が止まったかのように、リア君の言葉が止まった。だがそれは、本当に一瞬のこと。

「アルセーヌさん! だから寝るならお部屋に……」
「……分かったから、そんなに急かさないでくれたまえよ」
「ぜ、絶対に分かってない……!」

 誰が起こすと思ってるんですか、とかなんとか、そんな言葉が聞こえてくる。「そうやって無理矢理取り繕うキミは、酷く滑稽だよ?」そんな辛辣な言葉は、辛うじて私の口から漏れることはなかった。
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