第9話:真実の在処

「あーだっる……」
「な、なんかごめん……」

 アルセーヌの家を出たオレらは、騒がしい市場ではなく、図書館のほうを歩いていた。「そっち騒がしいからヤダ」という、ネイケルの意思表示によるものだった。

「……ネイケルって、貴族?」
「ま、一応な」
「ふーん……」

 やっぱりというか、意外というか。まあ取り合えず、この人は貴族だった。貴族なんだろうなあとは何となく思っていたけど、喋り方とか態度とか、そうは見えない要素ばっかりだったから判断が出来なかったけど、なんかすっきりした。

「……貴族に見えねぇって言いたそうな顔してんな」
「え、いや……ちょっとしか思ってないけど」
「思ってんじゃねえか」

 中々に貴族との会話らしくないことをしてしまっているような気がするが、それは無かったかのように話はレズリーの話へと切り替わる。

「……ところでさー、いなくなったって言われてるレズリーさんに会ったってマジ?」
「う、うん……。ネイケルは会ったことあるの?」
「いや無いけど。そもそも、オレんちって隣街だし」
「そうなの?」
「ちょっと野暮用があってなー、オレだけこっちに来てるだけ」
「へー……」
「まあそれは何でもいいんだけど。アルセーヌさんも言ってたけど、貴族の行方不明ってことで、隣町まで捜索願があってさ。父さんも駆り出されてたっぽくてなあー、結局見つからなかったけど。つか、魔法が使われたって時点で、警察の判断なんて役に立たねーからなぁ……」

 こうやって聞くと、改めて貴族という存在の大きさというか、大きな事件だったんだなっていうのがよく分かる。隣町の人にまで捜索願いがあったいうことは、本当に見つからなかったのだろう。
 それに、魔法に関することは基本的に貴族の判断を仰ぐって聞いたことがあるけど、アルセーヌの話を聞いた限りだと、そうでもないのだろうか。ただ単に、早く事件を終息させたかっただけなのかも知れないけれど。

「……オマエさ」
「なに?」
「結構冷静だよな」
「え……?」

 思ってもいなかった言葉に、思わず聞き返してしまう。どうしてそう思われたのか、よく分からなかったのだ。

「べ、別に冷静じゃないよ……。ようは、誰が犯人かまだわかってないって話でしょ?」
「いや、それもそうだけど、親が犯人かも知れないって言われて、よく普通に聞けるよなって」

 ああなんだ、そのことか。というのが率直な感想だった。

「……それはそうかも知れないけど、なんていうか……」

 まあ確かにそうかも知れない。身内の誰かが犯人かも、なんていう話を聞けば、普通は動揺するとか庇うとか、何かしらの反応をしていたのだろう。でも、オレはそれをしなかった。

「もういないから、別になんでも良いかなって……」

 だって、どこか他人事のような感覚で聞いていたから。なにか反応を起こすとか、そういうことじゃない。それ以前の問題だったのだ。

「そ、それに、アルセーヌが体調悪そうにしてたのって、多分オレのせいでしょ?」
「あー……まあ、今にも死にそうな顔してたもんな……。あれ、何処かで魔法使ったんだろ?」
「そうなの? じゃあ、やっぱりあの後なにかあったのかな……」

 アルセーヌが魔法を使わなきゃいけない程の何かが起きた。貴族がそうやって言うのなら、多分そうなのだろう。オレが倒れた後、残されたふたりに一体なにがあったのか。……少し気になってしまう。
 そんなことを考え呆けている間、ネイケルはじっとオレのことを見つめていた。

「な、なに?」
「いや、なんつーか……」

 言葉を探すようにして、一瞬だけ何もない空を視界に入れた。

「……オマエって苦労してんのなって、思っただけ」
「別に、苦労はしてないけど……。最近まで、親と一緒にいた記憶なんて覚えてなかったし、それに……」

 それに、一緒に住んでる人たちは皆いい人だから。そのたった一言が、どうしてか言えなかった。

「じゃ、じゃあ……家あそこだからっ」

 これ以上この人に突っ込まれると、なんか余計なことまで言いそうになってしまって、オレは逃げるようにしてネイケルに背を向ける。幸い、本当に見える範囲に靴屋の看板があるということが救いだった。

 ――言うだけ言って、シントは一目散に走りだす。それを特別追いかけることもせず、オレはただただ眺めていた。看板のある店のようなところに入っていったけど、どうやら、家がすぐそこだということは嘘じゃなかったようだったから、別にそれを追いかけるということはしなかった。
 色々思うことはあるけど、それら全てにいちいち首を突っ込んでいられる程、今のオレは暇ではない。

「……ま、オレが首を突っ込むことじゃねーか」

 シントが視界から消えたのを確認して、オレはアルセーヌさんの家に向かう。多分、何だかんだでちゃんと入れてくれるだろうから、そこに関しては別に心配なんてしていない。一応タダ飯という目的があるから戻るけど、なんか面倒そうな話聞かされて、いや、聞かされたっていうか居座ったんだけど、ぶっちゃけさっさと帰れば良かった。自分のことじゃないけど、ああいう真剣な話は聞いてるだけでも疲れるというものだ。
 オレの向かった先は、市場のある道だ。行きは連れと一緒だったからここを通ることはしなかったけど、特別好きでもない人込みの多い道を、オレはわざわざ選んだのだ。
 喧騒の響く道の中、ある程度の声をシャットアウトさせる。これだけ人がいるのだから、それが見つかる可能性は高いだろう。隣町に来てまで、オレは一体何をしているのか? そんなこと貴族という地位にいるのだから、相場は決まっている。そして、幸運なことに、オレの探しているものがのうのうと姿を現した。いや、姿を現したというのは語弊があるかも知れない。でも、オレはそれの気配がちゃんとそこに存在していることを確認した。

「……やっぱり居るか」

 行きかう人間に紛れた、隠しきれていない殺意にも似たそれ。
 こんなの忘れるわけがない。間違えるわけがない。この気配。魔法の気配は、明らかに、あの時オレを殺そうとした人物の魔法の気配なのだから。
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