第9話:真実の在処
きっと、オレは知っていた。あのレズリーっていう人の言う通り、忘れているんじゃなくて、思い出したくないだけ。全部、全部ちゃんと覚えてるんだ。だけどオレは……。
オレは、その思い出した過去の先に何かがあるような気がして、何も知らないふりをしていたんだ。
「ここどこ……?」
気が付けば、オレはレズリーの家ではない何処かの家のベットで横になっていた。よくわかんないけど、身体が怠い。なんだっけ……確か、レズリーの家で父さんと母さんのことを思い出して……。思い出して、それで?そこからどうなったっけ?
「……なんか、疲れたな……」
髪の毛に手をかけて、初めて分かる。いつの間に髪の毛を結んでた紐が解けたんだろう。それは別にいいんだけど、やっぱり邪魔だ。
そういえば、父さんも長く伸びた髪の毛をいつも結んでたっけ。……ついさっきまで昔のことなんて覚えてなかったから、別に父さんの真似とかいうつもりはなかったけど、こうやって思うと、なんか……。
そんな思いは、ドアの方から響くノックをする音によって払拭された。
「あ、はい……」
「こんにちはー……」
その声に、オレは聞き覚えがあった。確か、アルセーヌの家にいた女の人。名前は……なんだっただろうか。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……」
「あ、お水飲みますか? 持ってきたんですけど」
その人が手にしているお盆の上には、コップが乗せられている。「う、うん……」と肯定をして、オレの手元にわたる。冷えた水は、いつにも増して美味しく感じた。
「……ここ、アルセーヌの家?」
「そうですよ。あ、アルセーヌさんに知らせてくるので、ちょっと待っててくださいね。すぐに戻りますから」
「あ、待って」
「な、なんでしょう?」
「えっと……」
続く言葉を口から出す。その人は、一瞬こいつは何を言っているのか、みたいな表情だったけど、理由を説明するとすぐに柔らかな笑みを向けた。
ほんの少しした後。二、三分も経っていないだろうか。本当にすぐに、女の人は戻ってきた。「一階でアルセーヌさんが待ってますよ」そう言った後、オレが求めていたものを差し出され、手にとった。歩きながら髪の毛をまとめるというのはちょっと難しいけど、まあ別に、邪魔にならなければなんでもいい。寝癖は置いておくとして、一階に辿りつく頃にはそれなりにいつもの髪型に戻っていた。
ソファに座っているあるが視界に入る。上着を脱いでいるその姿は、なんていうか新鮮だった。
「やあシント君、元気かな?」
「……わかんない」
「そうか……まあ、座りたまえよ」
アルセーヌが座っているソファ。その向かいには、知らない人が思いっきり横になっていた。
「誰この人……」
「ああ彼かい? ネイケル君だよ」
「ふーん……」
「ほらキミ、いい加減起きないか。座れないだろう」
「はいはい……マジだる……」
如何にもダルそうに身体を起こす誰か。市民なのか貴族なのかもよく分からない人。貴族……の、ような気もするけど、なんていうか、見た目だけでいうならそれっぽくはない。
ネイケルと呼ばれた人物が普通に座ってくれたことによって、オレの座る場所が出来る。これから起こることが何なのかはよく分からないけど、なにか、大切な話があるということくらいは聞かなくたって分かる。だから座るしかなかった。
「……で、誰コイツ」
「勝手に上がり込んでいるくせして、随分と口が悪いね。というか、キミは帰りたまえよ」
「いや、寝起きでそれはキツいっしょー……。ってか、勝手じゃないから。ちゃんとリアちゃんが居るときに来たから」
「……どうせ、無理矢理家に上がったんだろう? まあ居るのは別になんでもいいが、客人との話の邪魔をしないでくれるかな?」
「オレも一応客人なんだけど?」
その言葉に呆れたのか、目の前にいるアルセーヌは息を吐く。その様子は、どこか疲れているように見えた。
「……さて、何から話せばいいかな……。こうも立て続けに色々起こってしまうと、話す順序に困ってしまうね。……ああリア君、キミもここに居なさい」
ああそうだ、そうだった。アルセーヌの座っている後ろで、ゆっくりと気付かれないように何処かに行こうとしていたこの人の名前はリアだった。呼び止められた時、リアの肩が動くのがわかった。
「ま、またですか? でも……」
言い淀むリアに、アルセーヌは何も答えない。どうやらそれが返事のようだった。
「わ、分かりましたっ」
空いている場所、つまりアルセーヌの隣にリアは座る。どうしてか少し怒っているようで、ぼふりとソファの鳴る音がよく聞こえた。
「さて……話をする前に、だ。シント君に確認をしなければならないことがあるのだけれど」
「確認……?」
「ああ。今から私が話そうとしていることは、キミからすれば、聞きたくないと思うようなことばかりだろうからね」
「え……」
「ただ、現段階であれば、私はキミを取り巻いている疑問にある程度答えることが出来る」
オレが聞きたくないと思うようなこと。そう言われても、正直なところいまいちピンとこない。続けて、アルセーヌがオレに言った。
「私はね、シント君。キミが知りたくないと思うのであれば、それはそれで構わないと思っているんだ。これからどうしたいのか。どうありたいのか。私の口からそれらを聞きたいかどうか……キミの意思で、決めてごらん?」
アルセーヌは、何故かオレに全てを委ねようとしている。答えの分からないオレが黙りこくってしまった為か、辺りはとても静かだった。そういえば、オレはこれまで自分自身でなにかを決めたことがあっただろうか? おじさんやおばさんの言うことも、出来るだけ波風が立たないように聞いてきたし、意見を求められた時だって、出来るだけ曖昧な言葉を返してきたという自覚はある。
ああでも……。今日は自分の意思でアルセーヌの後をついていったんだっけ。いや、どうなんだろう。本当にそうだったら、もう答えは決まっているはずだけれど。
聞かないという選択肢をとることは簡単だ。それだってひとつの主張だし、現に、つい最近のオレはそうだった。なにも聞きたくなくて、適当に言葉を返して。まるで、幼い子供の小さな抵抗みたいだ。でも、今日のオレの口はどうしてかお喋りだった。
「……昔、オレの父さんと母さんが、事件にあって死んだって聞いたんだけど……」
これは、いつだったかにおじさんから聞いた話。この話は、オレが靴屋に預けられた後、少ししてから聞いたこと。単純に、「事件に巻き込まれた」といったようなことしか聞いていないけど、それ以降、オレを気遣ってなのか、おじさんもおばさんも、オレだってこの話に触れることは一度もなかった。
だから、こんな話をまさか自ら話題に挙げるなんて、思っていなかったのだ。
「……レズリーが行方不明っていうのと、なにか関係があるんだよね?」
断片的な記憶の中にあるみんなのこと。レズリーの言葉と、アルセーヌの行動。両親が死んだのは、約十二年前。レズリーの行方不明が十年くらい前だと言っていた。これら少ない情報がいくつも羅列されたせいで、それに対しての答えをオレは、自然と求めていた。
「……少し長くなるが、知りたいかい?」
その問いに、オレは小さく頷いた。
それらが本当繋がっているのか、関係しているのかどうかなんて知らない。でも、きっとオレは、オレの知らないどこかでそんな気はしてたんだと思う。レズリーと出会った、あの日から。だからきっと……。
「……前にも少しだけ触れたけれど、あれは今から十二年ほど前のことだ」
オレは、全てを拒絶したのだ。
「十二年前、彼……レズリーが行方不明とされた日。あの日、彼の家で、従者二人とたまたま訪れていた客人二人が殺害されるという事件が起きた。従者二人の名は『ティシー』と『トール』。客人の名前は、『カルト・クランディオ』そして彼のご婦人である『シエル・クランディオ』……」
ただ、それでも。分かっていても。
「キミの、ご両親だ」
心臓の音が、妙に騒がしく聞こえた。
オレは、その思い出した過去の先に何かがあるような気がして、何も知らないふりをしていたんだ。
「ここどこ……?」
気が付けば、オレはレズリーの家ではない何処かの家のベットで横になっていた。よくわかんないけど、身体が怠い。なんだっけ……確か、レズリーの家で父さんと母さんのことを思い出して……。思い出して、それで?そこからどうなったっけ?
「……なんか、疲れたな……」
髪の毛に手をかけて、初めて分かる。いつの間に髪の毛を結んでた紐が解けたんだろう。それは別にいいんだけど、やっぱり邪魔だ。
そういえば、父さんも長く伸びた髪の毛をいつも結んでたっけ。……ついさっきまで昔のことなんて覚えてなかったから、別に父さんの真似とかいうつもりはなかったけど、こうやって思うと、なんか……。
そんな思いは、ドアの方から響くノックをする音によって払拭された。
「あ、はい……」
「こんにちはー……」
その声に、オレは聞き覚えがあった。確か、アルセーヌの家にいた女の人。名前は……なんだっただろうか。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……」
「あ、お水飲みますか? 持ってきたんですけど」
その人が手にしているお盆の上には、コップが乗せられている。「う、うん……」と肯定をして、オレの手元にわたる。冷えた水は、いつにも増して美味しく感じた。
「……ここ、アルセーヌの家?」
「そうですよ。あ、アルセーヌさんに知らせてくるので、ちょっと待っててくださいね。すぐに戻りますから」
「あ、待って」
「な、なんでしょう?」
「えっと……」
続く言葉を口から出す。その人は、一瞬こいつは何を言っているのか、みたいな表情だったけど、理由を説明するとすぐに柔らかな笑みを向けた。
ほんの少しした後。二、三分も経っていないだろうか。本当にすぐに、女の人は戻ってきた。「一階でアルセーヌさんが待ってますよ」そう言った後、オレが求めていたものを差し出され、手にとった。歩きながら髪の毛をまとめるというのはちょっと難しいけど、まあ別に、邪魔にならなければなんでもいい。寝癖は置いておくとして、一階に辿りつく頃にはそれなりにいつもの髪型に戻っていた。
ソファに座っているあるが視界に入る。上着を脱いでいるその姿は、なんていうか新鮮だった。
「やあシント君、元気かな?」
「……わかんない」
「そうか……まあ、座りたまえよ」
アルセーヌが座っているソファ。その向かいには、知らない人が思いっきり横になっていた。
「誰この人……」
「ああ彼かい? ネイケル君だよ」
「ふーん……」
「ほらキミ、いい加減起きないか。座れないだろう」
「はいはい……マジだる……」
如何にもダルそうに身体を起こす誰か。市民なのか貴族なのかもよく分からない人。貴族……の、ような気もするけど、なんていうか、見た目だけでいうならそれっぽくはない。
ネイケルと呼ばれた人物が普通に座ってくれたことによって、オレの座る場所が出来る。これから起こることが何なのかはよく分からないけど、なにか、大切な話があるということくらいは聞かなくたって分かる。だから座るしかなかった。
「……で、誰コイツ」
「勝手に上がり込んでいるくせして、随分と口が悪いね。というか、キミは帰りたまえよ」
「いや、寝起きでそれはキツいっしょー……。ってか、勝手じゃないから。ちゃんとリアちゃんが居るときに来たから」
「……どうせ、無理矢理家に上がったんだろう? まあ居るのは別になんでもいいが、客人との話の邪魔をしないでくれるかな?」
「オレも一応客人なんだけど?」
その言葉に呆れたのか、目の前にいるアルセーヌは息を吐く。その様子は、どこか疲れているように見えた。
「……さて、何から話せばいいかな……。こうも立て続けに色々起こってしまうと、話す順序に困ってしまうね。……ああリア君、キミもここに居なさい」
ああそうだ、そうだった。アルセーヌの座っている後ろで、ゆっくりと気付かれないように何処かに行こうとしていたこの人の名前はリアだった。呼び止められた時、リアの肩が動くのがわかった。
「ま、またですか? でも……」
言い淀むリアに、アルセーヌは何も答えない。どうやらそれが返事のようだった。
「わ、分かりましたっ」
空いている場所、つまりアルセーヌの隣にリアは座る。どうしてか少し怒っているようで、ぼふりとソファの鳴る音がよく聞こえた。
「さて……話をする前に、だ。シント君に確認をしなければならないことがあるのだけれど」
「確認……?」
「ああ。今から私が話そうとしていることは、キミからすれば、聞きたくないと思うようなことばかりだろうからね」
「え……」
「ただ、現段階であれば、私はキミを取り巻いている疑問にある程度答えることが出来る」
オレが聞きたくないと思うようなこと。そう言われても、正直なところいまいちピンとこない。続けて、アルセーヌがオレに言った。
「私はね、シント君。キミが知りたくないと思うのであれば、それはそれで構わないと思っているんだ。これからどうしたいのか。どうありたいのか。私の口からそれらを聞きたいかどうか……キミの意思で、決めてごらん?」
アルセーヌは、何故かオレに全てを委ねようとしている。答えの分からないオレが黙りこくってしまった為か、辺りはとても静かだった。そういえば、オレはこれまで自分自身でなにかを決めたことがあっただろうか? おじさんやおばさんの言うことも、出来るだけ波風が立たないように聞いてきたし、意見を求められた時だって、出来るだけ曖昧な言葉を返してきたという自覚はある。
ああでも……。今日は自分の意思でアルセーヌの後をついていったんだっけ。いや、どうなんだろう。本当にそうだったら、もう答えは決まっているはずだけれど。
聞かないという選択肢をとることは簡単だ。それだってひとつの主張だし、現に、つい最近のオレはそうだった。なにも聞きたくなくて、適当に言葉を返して。まるで、幼い子供の小さな抵抗みたいだ。でも、今日のオレの口はどうしてかお喋りだった。
「……昔、オレの父さんと母さんが、事件にあって死んだって聞いたんだけど……」
これは、いつだったかにおじさんから聞いた話。この話は、オレが靴屋に預けられた後、少ししてから聞いたこと。単純に、「事件に巻き込まれた」といったようなことしか聞いていないけど、それ以降、オレを気遣ってなのか、おじさんもおばさんも、オレだってこの話に触れることは一度もなかった。
だから、こんな話をまさか自ら話題に挙げるなんて、思っていなかったのだ。
「……レズリーが行方不明っていうのと、なにか関係があるんだよね?」
断片的な記憶の中にあるみんなのこと。レズリーの言葉と、アルセーヌの行動。両親が死んだのは、約十二年前。レズリーの行方不明が十年くらい前だと言っていた。これら少ない情報がいくつも羅列されたせいで、それに対しての答えをオレは、自然と求めていた。
「……少し長くなるが、知りたいかい?」
その問いに、オレは小さく頷いた。
それらが本当繋がっているのか、関係しているのかどうかなんて知らない。でも、きっとオレは、オレの知らないどこかでそんな気はしてたんだと思う。レズリーと出会った、あの日から。だからきっと……。
「……前にも少しだけ触れたけれど、あれは今から十二年ほど前のことだ」
オレは、全てを拒絶したのだ。
「十二年前、彼……レズリーが行方不明とされた日。あの日、彼の家で、従者二人とたまたま訪れていた客人二人が殺害されるという事件が起きた。従者二人の名は『ティシー』と『トール』。客人の名前は、『カルト・クランディオ』そして彼のご婦人である『シエル・クランディオ』……」
ただ、それでも。分かっていても。
「キミの、ご両親だ」
心臓の音が、妙に騒がしく聞こえた。