第4話:文字に囲まれた者

 扉を開けると、オレより先にエトガーが中に入る。そして、まるで珍しいものを見るかのように、辺りを見回していた。大きな本棚に沢山の本が敷き詰められている空間というのは、確かに目を見張るものがある。まあでも、それはオレが今日はじめてここに来たから感じるものであって、きっとこれが、いわゆる図書館の雰囲気というものなのだろう。それと、図書館ってもっと静かな場所かと思っていたけど、何というか、思っていた程ではないように感じる。何処もこんな感じなのだろうか?

「広いよお兄ちゃんっ」

 エトガーのその様子。な、なんかいつもよりテンション高いし、目がキラキラしてるような気がする。ま、まあ楽しそうだし別にいっか。

「あ、俺あそこがいいなー」

 オレの腕を引っ張るエトガーにつれていかれる。そこは、受付が見える少し奥のテーブルだ。

「俺さっそく見てくるけど、おにーちゃんはどうする?」
「先行ってきていいよ。ここで待ってるから」
「そう?じゃあ行ってくるね」

 目当ての本があるのか、エトガーは足早に本を探しに向かった。そういえば、オレはただ何となくここに来たけど、本には余り興味がないし、見たいものなんて無いんじゃないか?いや、ちゃんと探せばオレでも読める本があるかも知れないし、取りあえず館内を一周してみるのも、探検みたいで悪くないかな。
 エトガーが戻ってくるまでは特にすることがないオレは、特に意味もなく辺りを眺めていた。というより、どこかそわそわしていた。平日のこの時間だからか、人はそんなに多くはないように見える。どうやら喋り声が聞こえるのは受付の側だけのようで、ここは至って静かだった。まあ、当たり前と言われればそうなんだけど。
 唯一、オレの視界に入っているのは、もうひとつのテーブルの向こうにある受付で、本を読んでいる司書らしい人くらい。
 何となく、だけど。その受付にいる人の雰囲気が、普通の人とは違うように感じる。その人が図書館の館長である貴族だと言うなら、オレの感じたそれも何となく理由がつく。でも、見る限りオレと歳は変わらなさそうだし、この人が館長だということは無いと思うんだけど……。
 本に視線を落としていた受付の人が、ちらりとオレの方を見る。ばっちりと目が合ってしまい、咄嗟に視線を逸らす。それは一瞬の出来事だったけど、凄い見てくんなコイツ、とでも思われてしまっただろうか。

「お待たせー」

 何とも気まずい空気を払拭するかのように、エトガーの声で現実へと引き戻される。よかった。ひとりでいたら完全に不審者だった。

「早かったね。なに持ってきたの?」
「うーん……何かよく分かんなかったから、適当に持ってきちゃった」
「あ、そう……」

 テーブルに置かれた本の表紙を見るに、児童書に近いように見える。適当に、とは言いつつも、何だかんだそれっぽい本を選んできたようだった。

「じゃあ、オレもちょっと見てくるね」
「行ってらっしゃーい」

 エトガーの声を聞きつつ、オレは席を立つ。はじめて来たんだし、取りあえず館内を一周でもしてみようか。
 出来るだけ自然に、立ったときにたまたま視界に入ってしまったくらいの感じで、もう一度受付へと視線を向ける。その人は、もうオレのことなんて気にも留めていない、といった様子で本を読んでいた。
 ああそうだ。受付にいる人の雰囲気が何処と無く違うと感じてしまったのは、きっと図書館の空気にのまれてそういう風に感じただけだ。うん、多分そうだよね。まるで自分に言い聞かせるかのように、そんな考えを頭の隅に残し、この場を後にした。
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