第3話:壊れた光

「やっと、着いた……」

 長かった。まるで長く続いた旅が終わったかのような疲労感のなか、やっと視界に靴屋が入る。それは、オレの知っている本物の靴屋。あれ以降起きた出来事と言えば、買い物をするのを忘れかけて引き返したことと、エトガーがちゃんと店に居たことくらい。本当に、いつもと何ら変わらない日常がそこにはあった。
 店の扉を開ける。カランという音と同時に足を踏み入れると、最初に目に入ったのは、オレの変わりにカウンターに座っているマーティスおじさんとレノンだった。

「……ただいま」
「おう、帰ってきたか」
「うん……」

 おじさんが声を掛けてくれるが、少し申し訳ないと思いつつも、今のオレにはから返事をするのが精一杯だった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 レノンが不思議そうな顔をしてオレを見る。きょとんとした顔は、どこかおばさんそっくりだ。
 こういうのを見ると、ふと思ってしまう。オレはちゃんと、父さんと母さんのどっちかに似ていたのだろうか、と。

「……ちょっと、疲れただけ」

 出来るだけ笑顔を張り付けて、至極簡潔に答えを述べる。そして、早々に奥の部屋にいるローザおばさんの所に行くと、相変わらず帳簿と戦っているようだった。

「おかえりなさい、早かったね」
「うん……でも、何かいろんな所に行ったから」

 本当に、今日はいろんな所に行った。行ったというか、気付いたら足を運んでいた、というのが正しいかも知れないけど。
 荷物を置いて、一息つく。店に着いたからなのかは分からないけど、なんと言うか、やっと少し落ち着つけた気がした。

「おにーちゃ……」
「ん?」
「しんとおにーちゃんと、いっしょに、ねるの……」
「え、ああ昼寝?」

 オレのことを呼んだのは、レノンの妹であるセリシアだ。眠そうに目を擦り、オレの袖を掴んでくる。多分セリシアは、帰ってきたオレと一緒に昼寝がしたいのだろう。何でオレなのかはよく分かんないけど……。まあ、たまにはそういうのも悪くはないのかも知れない。 「いいよ」オレがそう答えると、セリシアは早々にオレの袖を引っ張り、さっきまで寝ていたのであろう場所へと連れていかれる。その前に、買い物の荷物を置きっぱなしにしてしまっているのは、なんというか色々と駄目だ。

「ちょっと待って、荷物……」
「あーいいから、行っておいで」

 そうおばさんが言ったかと思うと、少し強めに袖を引かれてしまう。しょうがない、ここは甘えておこう。じゃないと、また困った顔をされてしまうから。
 よほど眠かったのか、セリシアはタオルケットを掛けて横になったかと思うと、すぐに寝入ってしまった。左手は、相変わらずオレの袖を掴んだままだ。出来るだけその邪魔をしないように、取りあえずオレも横になり、今日起きた出来事を少しだけ思い返す。
 広場の噴水。謎の空間。魔法。貴族。路地裏。ブレスレット。
 何か、とても大切なことを忘れている。そんな気がしつつも、オレの頭は思考を拒むかのようにもやがかかる。本当はもう少し考えたいけど、セリシアに感化されたのか、どうしようもなく眠い。
 駄目だ。今日はもう、いいや。オレは、閉じていく瞼に抵抗することなく、静かに眠りについた。
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