第3話:壊れた光

 世界は暗闇に包まれている。
 ほんの少しの街灯と、毎日のように我々を照らす星と月。ただそれだけの光が、我々を手助けする。市民はまず出歩かないこの深夜という闇の時間帯が、今の貴族にとっては無くてはならない時間なのだ。

「はあ……面倒だ」

 闇の時間は嫌いではない。どちらかと言うと、好きな方に分類される方ではある。だが、こうも連日昼間と夜中両方出歩く生活をしていては、気が滅入るというものだ。別に無理して来なくても良かった気もするが、如何せん貴族が集まらないせいで、この時間に出ざるを得ないのである。貴族は、街の治安を守る必要があるのだから。
 警察という存在は、確かに市民に対してはある程度の権力を持ち合わせているが、この場合における彼らというのは、何一つとして意味を持たないのだ。魔法という、異質な存在に関しては。
 だから、これを彼らに押し付けるのは酷というもの。特に、今この街を騒がせている路地裏での殺人事件は、明らかに我々の領分だ。
 ただ、恐らく今日も、貴族は片手でも指が余る程度しか集まらないだろう。まあ、別に人手が足りないわけではないし、居ても困るのだけれど。来れない理由が少なからずあるというだけに過ぎないということは十分に分かっているし、それに関してどうこう言うつもりは毛頭ない。
 この事件と、もうひとつ……それが終われば、少しは落ち着ける時間が増えるだろう。

「ん……?」

 路地裏へと足を運ぶ。街灯もない暗闇の中、明らかにそこにあるはずのない影が揺らめいていた。それは私の存在を見つけたのか、迷うことなく距離を詰めてくる。私は手に持っているそれを相手に向け、勢いよく踏み込んだ。
 だが、振りかざしたそれが空を斬るのが分かる。かわされたのは言うまでもないが、この暗闇の中、音を立てることなくそんなことが出来る人間は、数えられるくらいしかいない。

「……アルベル君か?」
「ああなんだ、アルセーヌさんだったんですね」

 影の正体が知り合いだと分かると、お互い持っている武器をひとまず下ろす。

「何となくですけど、今日は来ないと思ってましたよ」
「別に、私だって来たくてここにいる訳ではないさ」

 彼とは最近よく共に行動する。というか、させられている。多分、これはあくまで私の推測にしか過ぎないが、彼の父君による消去法で選ばれてしまったのだろう。でなければ、わざわざ昼間に出歩いて路地裏に行くだなんて面倒なことはしない。だから、市民に根の葉もない噂を立てられてしまうのだ。それに……お陰で、色々と思うことが増えてしまった。

「それより、様子はどうだい?」
「うーん……居るには居るみたいなんですけど、まだ姿は見てないですね」

 我々に見つからないように身を隠しているのか。それとも、いつその手にかけようかと伺っているのか。まあ、考えるまでもなくそれは後者だろう。

「あ……なんか向こうで音がしますね」

 微かに聞こえる剣戟の音をアルベル君が拾う。どうやら、誰かが闘っているらしい。

「……僕ら以外にも居るんですかね?」
「さてね。何れにしても、早く向かうとしようか」

 この剣戟が貴族に対するものならまだしも、市民に向けられたのだとすると厄介ではある。だか、剣戟の音がするということは、少なくともそれなりに腕が立つ者同士なのだろう。だとすると、これが市民に対するものである可能性は極めて低い。
 そして、その仮説はやはり正しかった。

「……なんだ、ロエル君じゃないか」

 彼は我々に気付いたのか、対峙していたそれを一突きにし、早々に決着をつけた。一瞬ではあったが、あの程度なら我々が来る前に終わらせられたのでないだろうか。……もしかすると、他の貴族が居るかどうかを確認するために、彼はわざと決着を付けていなかったのかも知れない。

「ああ、やっと見つけた……お久し振りです」

 そこに居たのは、レナード家の長男ロエル君。彼はいつもどこか淡々としており、表情こそは落ち着いているのだが、その内に秘めているものを計ることは容易ではない。

「すみません、暫く任せっきりでしたね」
「いやいや。それより、お姉さんの調子は如何かな?」
「ああ……お陰さまで、今は落ち着いてますよ」
「それは良かった。余り無理はなさらないようにと伝えておいてくれたまえ」

 当たり障りのない会話をしている中で、何かが近付いてくる気配を感じる。だが、それは敵意など無い存在であるという事を、私の勘が知らせてくれた。

「あ、アルセーヌさんとアルベルさんじゃん」

 ロエル君の後ろから、もうひとり聞き覚えのある声が近づいてくる。それは、この街にとっては珍しいと言ってもいい人物だった。

「……またキミか。暇なのかい?」
「え? いやさー、ただフラフラしてただけなんだけど、たまたまロエルさんに掴まっちゃって? しょうがないからついて来たってカンジ」
「いや、そっちが勝手についてきたんじゃ……」
「ロエルさんってば置いていくとか酷くない?」とか何とか、ロエル君に馴れ馴れしく話しかける彼も、一応貴族だ。
「でもま、こっちで仕事するってのも悪くない的な感じで来てはいたから、丁度良かったよねー」
「何でもいいが……だったら真面目にやりたまえよ。余りフラフラしてると、間違えて殺しかねないからね」
「分かってる分かってる」

 そうネイケル君は言うが、本当に分かっているのだろうか。彼の喋り方や雰囲気はどうも信用性に欠け、私の調子を狂わせる。まあ、この際それはどうでもいい。人数が多いからと言って有利という訳ではないが、この人数がそろっているというのは極めて稀な状況ではあるが、危機的状況になるなんてことは皆無だろう。
 たまたま集まった四人の貴族は、今日も暗く染まった街を歩く。その意味を、市民が知る必要など何処にもない。こんなこと、知らない方がいいに決まっているのだから。
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