06話:クチナシに視えたもの

 雅間らしき人物が俺の前に姿を現したあの日以来、俺はあの道に足を運ぶことをしなくなった。図書館に行くこともしなかったし、別にあの道を必ず通らなければ図書館に行けないというわけでもない。何より、もしまたあいつが目の前に現れたらなんてことを考えてしまって、とてもじゃないけど行く気になんてなれなかった。

「……ちょっと拓真、聞いてる?」
「お、おう……」

 そしてそれは、二学期が始まってからも変わっていない。
 学校で俺に話かけてくるやつと言えば、大体相場は決まっている。それに驚いたという訳ではなく、単純に話を聞いていなかったせいで酷く間抜けな声を出してしまったに過ぎなかった。

「……最近ずっとそんなんだけど、大丈夫なの?」

 図書館に向かう道で雅間らしき人物に会ったのは夏休みも半ば。学校が始まって一週間は経ったけど、宇栄原の言う通り俺はずっとどこか上の空だった。

「この前のこと考えてるんだろうけど、あんまり気にしてると別の変なのに目付けられるよ?」

 変なのという部分を頭のおかしい人間と取るか、この世に存在しない何かと取るかで意見が分かれそうなところではあるが、この宇栄原が言うのであれば恐らく後者だろう。

「本当に雅間さんだったんだよね?」
「……多分な」
「ふーん……」

 聞くだけ聞いて適当な返事を返してきやがったなとは思ったが、なんの脈絡もなく返ってきた次の言葉が俺の眉間のしわを深くさせた。

「やっぱりおれ、そこに行ってみようかな」
「……は?」
「別に雅間さんとは面識はないけど、行けばそれなりに分かるだろうし」

 あの時と似たような言葉を口にした宇栄原のせいで、俺の機嫌は途端に悪くなった。確かに幽霊が視えるこいつが行った方が確実だろうし、何より解決も早いだろう。しかし、俺はそれを易々と許すことは出来ない理由があった。

「別に、お前が行く必要はないだろ」
「だって、いつまでもそんな態度されてたらこっちが滅入るよ」
「……だったらほっとけ」
「まーたそうやって言う」

 性格の悪いこいつのことだから、もしかしたら俺のことを揺さぶっているのかも知れない。ただ、それにしたってどうしてそういうことを簡単に言えるのだろう。大昔にあったことを忘れたのかと今ここで口にしたいくらいだが、別に喧嘩がしたいわけじゃない。気が付けば、俺はテーブルに置かれている自分の荷物をさっさとまとめはじめていた。

「あ、帰るの?」
「……お前が五月蝿いからな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。だったらおれも……」

 言葉が言い終わる前に、俺は席を立った。このままだと、終わりのない言い争いを永遠としてしまいそうだ。はたから見たら既に喧嘩してるんじゃないかなどと思われていそうだか、決してそうではない。
 威張るようなことでは全くないが、こういうやり取りはわりと日常茶飯事なのだ。最も、ここまでお互いに一歩も譲らない事態というのはそう多くは無いが。
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