06話:クチナシに視えたもの
「こういう時だけ行動早すぎ……」
正直なところ、聞き覚えのある声にうんざりした。至極当然といったように宇栄原は俺の隣に着き、そのまま同じ方向へと進みはじめる。
「な、なんだよ……」
「なんだよって言われても、おれの家こっちなんだけど」
わざわざ追いかけてきたというより、単に本当に帰り道が同じというだけなのだろうが、折角ひとりで出てきたのにこれではまるで意味がない。
「ねえ、本当に雅間さんがそこにいた理由分からないんだよね?」
しかし、こいつから逃げたところで次の日以降もどうせこの類の話が続く。別に起きてしまったことから逃げられるなんて思ってはいない。俺が嫌なのは、宇栄原からこの類の話を聞かなければいけないということなのだ。そして案の定、俺が聞きたくないことばかり聞く羽目になる。
「それって結構マズいんじゃない? 結構時間も経ってるし……」
別に誰が悪いわけでもないのに、段々と俺らを取り巻く空気は重くなっていった。
「……だからって、お前が焦る必要はないだろ」
「いや、そういうことじゃないでしょ?」
恐らくはたった数秒間の、長い沈黙が続く。こうなってしまっては、もうどっちも譲らないということはここにいる誰もが知っていた。
「もういい、やっぱりおれが行って――」
痺れを切らした宇栄原が俺の視界から外れようかというところ、俺はすぐさま宇栄原の腕をむんずと掴んだ。
「……離してよ」
「俺はいいって言ってんだよ」
ここまでお互いの主張がぶつかるのは久し振りだ。それくらい、ここに至るまでは平和だったということに等しいだろう。実際、それなりに平和だった。しかしそれが今はどうだ? たったひとつの出来事のお陰で、どうしてここまで意見がぶつからないといけないのだろうか?
「どっちにしろ、やらなきゃいけないのはお前じゃなくて俺だろ」
「……でもそれ、拓真のやることじゃないよ?」
その言葉を聞いた宇栄原の顔は、明らかに俺を憂虞したものだった。
「だからって、別にお前のやることでもない」
でも俺は、宇栄原のこういうところが好きじゃない。
何だかんだで口を出してくるのは、こう見えて宇栄原がどうしようもない心配性だからということは知っている。これが買い被りなどではないことを願うばかりだが、一応忠告をしに来ただけなのだろう。それも分かる。自分が行った方が穏便にかつ早く終わるだろうという主張も理解は出来る。しかし、"いつかに宇栄原が口にしたとある言葉"を知ってしまっている以上、そう簡単に容認することは出来ないのだ。
沈黙の間を流れる風が、いつもより余計に身体にまとわりついた。
「はあ……もういいよ」
先に声を出したのは、宇栄原だった。
「その代わり、今日みたいな態度は禁止で」
「……それは無理だ」
「無理じゃないでしょ頑張ってよ」
それを本気で言ってるのかどうなのか、宇栄原から真面目な気迫は消えた。
幽霊が視える視えないなどという話は、せいぜいこうしてどちらかの身に何かが起こらないと当然話題には上がらない。俺に限って言うなら、そういう類の話にはならないように注力しているつもりだ。こいつがどうかは知らないが。
だから正直、こんなことでまた言い争いになるとは思ってなかった。しかもその渦中にいるのが雅間という人物であるというところが余計頂けない。それは宇栄原が折れるわけだ。
「……気が向いたらな」
適当な言葉を口にしながら、いつだったかに掴んだ宇栄原の腕を解いた。
何だかんだ言っているが、かといって俺が出来ることというのはさして多くはない。多くは無いどころか、恐らくは出来ることなんて何もないだろう。そういうものだ。せいぜい出来ることがあるとするなら、雅間と過ごしたあの全ての時を一秒も見逃すことなく思い出すということくらいだろう。しかし、例えば雅間があそこに居た原因が俺だとするなら、それは決して無駄なことではない。それに、このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。
今それを行わないとするなら、俺はこの先、あいつのことを素直に思い出すことが出来ないのだから。
正直なところ、聞き覚えのある声にうんざりした。至極当然といったように宇栄原は俺の隣に着き、そのまま同じ方向へと進みはじめる。
「な、なんだよ……」
「なんだよって言われても、おれの家こっちなんだけど」
わざわざ追いかけてきたというより、単に本当に帰り道が同じというだけなのだろうが、折角ひとりで出てきたのにこれではまるで意味がない。
「ねえ、本当に雅間さんがそこにいた理由分からないんだよね?」
しかし、こいつから逃げたところで次の日以降もどうせこの類の話が続く。別に起きてしまったことから逃げられるなんて思ってはいない。俺が嫌なのは、宇栄原からこの類の話を聞かなければいけないということなのだ。そして案の定、俺が聞きたくないことばかり聞く羽目になる。
「それって結構マズいんじゃない? 結構時間も経ってるし……」
別に誰が悪いわけでもないのに、段々と俺らを取り巻く空気は重くなっていった。
「……だからって、お前が焦る必要はないだろ」
「いや、そういうことじゃないでしょ?」
恐らくはたった数秒間の、長い沈黙が続く。こうなってしまっては、もうどっちも譲らないということはここにいる誰もが知っていた。
「もういい、やっぱりおれが行って――」
痺れを切らした宇栄原が俺の視界から外れようかというところ、俺はすぐさま宇栄原の腕をむんずと掴んだ。
「……離してよ」
「俺はいいって言ってんだよ」
ここまでお互いの主張がぶつかるのは久し振りだ。それくらい、ここに至るまでは平和だったということに等しいだろう。実際、それなりに平和だった。しかしそれが今はどうだ? たったひとつの出来事のお陰で、どうしてここまで意見がぶつからないといけないのだろうか?
「どっちにしろ、やらなきゃいけないのはお前じゃなくて俺だろ」
「……でもそれ、拓真のやることじゃないよ?」
その言葉を聞いた宇栄原の顔は、明らかに俺を憂虞したものだった。
「だからって、別にお前のやることでもない」
でも俺は、宇栄原のこういうところが好きじゃない。
何だかんだで口を出してくるのは、こう見えて宇栄原がどうしようもない心配性だからということは知っている。これが買い被りなどではないことを願うばかりだが、一応忠告をしに来ただけなのだろう。それも分かる。自分が行った方が穏便にかつ早く終わるだろうという主張も理解は出来る。しかし、"いつかに宇栄原が口にしたとある言葉"を知ってしまっている以上、そう簡単に容認することは出来ないのだ。
沈黙の間を流れる風が、いつもより余計に身体にまとわりついた。
「はあ……もういいよ」
先に声を出したのは、宇栄原だった。
「その代わり、今日みたいな態度は禁止で」
「……それは無理だ」
「無理じゃないでしょ頑張ってよ」
それを本気で言ってるのかどうなのか、宇栄原から真面目な気迫は消えた。
幽霊が視える視えないなどという話は、せいぜいこうしてどちらかの身に何かが起こらないと当然話題には上がらない。俺に限って言うなら、そういう類の話にはならないように注力しているつもりだ。こいつがどうかは知らないが。
だから正直、こんなことでまた言い争いになるとは思ってなかった。しかもその渦中にいるのが雅間という人物であるというところが余計頂けない。それは宇栄原が折れるわけだ。
「……気が向いたらな」
適当な言葉を口にしながら、いつだったかに掴んだ宇栄原の腕を解いた。
何だかんだ言っているが、かといって俺が出来ることというのはさして多くはない。多くは無いどころか、恐らくは出来ることなんて何もないだろう。そういうものだ。せいぜい出来ることがあるとするなら、雅間と過ごしたあの全ての時を一秒も見逃すことなく思い出すということくらいだろう。しかし、例えば雅間があそこに居た原因が俺だとするなら、それは決して無駄なことではない。それに、このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。
今それを行わないとするなら、俺はこの先、あいつのことを素直に思い出すことが出来ないのだから。