15話:有限の時空は存在しない
橋下君と再開してから数日後の放課後。おれと拓真は、いつものように当たり前かのように図書室に足を運んでいた。ただ、ひとつだけ状況がいつもと違う。
「もう一月も終わるじゃないですか。もう一回くらい雪降りますかね?」
よく口のまわる、橋下とかいう人物がそこにはいた。
「……来たんだったら、本くらい読めば?」
「えー、本読んだら眠くなるじゃないですか。嫌ですよオレ」
「じゃあ帰ればいいでしょ。なんでいるの?」
「別に居たっていいじゃないですか。あ、まさかですけど、いつもはオレに言えないようなあんなことやこんなことを図書室で喋ってるなんてことは……」
「あんなことやこんなことって、例えば何? 具体的に言ってよ」
「そこ突っ込んじゃいます? じゃあオレが喋るタイミングで神崎先輩がピー音入れといてくださいね? じゃないと規制されちゃう」
「俺を巻き込まないでくれ……」
どうしてこう、ひとり増えるだけでこうも騒がしくなるのだろうか。全くもって理解が出来ない。しかも出会ってそう時間は経っていないはずで、かつ特別仲が良いわけでもない。普通の人では到底出来ない出会い方をしてしまったから、尚更こういうどうでもいい話を出来るような関係でもないような気がするんだけど、果たしておれの考えすぎなのだろうか?
どうしても残るモヤモヤの原因は、全体的な事柄について解決が成されていないからだろう。本当に彼はあれ以来黒いそれに会っていないのかも疑問だし、彼のことだからそうやって良いながら探し回っているという可能性も十分考えられる。やっぱり、ややこしいことになる前におれが探して何とかした方が良いのだろうか?
その何とかする方法というのが具体的に分からないから、軽率に手を出せないというのもあるけど……。
「……拓真さー、昨日図書館行ったんでしょ?」
彼に聞いたら、ちゃんとした答えは返ってくるのだろうか? そっちの方が、おれにとっては難点だった。
「まあな」
何が嘘で本当かを見極めたいのに、余りにも情報が散乱していてどう行動するのが正しいのかが分からない。
「どうだった?」
「……どうだった、って何が?」
だから、こうして適当な雑談で気を紛らせるしか他なかった。
「いやだから、前言ってたあのー……よく図書館にいる人? 昨日はいたの? って話」
「え、なんですかその話。オレにも教えてくださいよー」
橋下君が五月蝿いから簡単に説明すると、この前拓真から「図書館でよく出会う別の学校の女子がいる」という、一見すると特に面白くもないただの世間話だ。
「なるほど……いやー、そっかー……」
何かを納得した様子で声を漏らす橋下君だが、大方おれの考えていることと相違はないだろう。
「それってアレなんですか? つまりはそのー、アレ」
「なんだよアレって」
彼の言葉を聞けば、それは明らかだった。
「いやそれはアレですよ。ねえ宇栄原先輩?」
「どうだろうねえ……。だとしたら滅茶苦茶面白いけど」
「いやウケたら失礼じゃないですか。面白いですけど」
あれは一体いつだったか、普段はそういう話を口にしない拓真が、誰に話を振られたわけでもないのに自分からこの話を持ち出してきたのだ。恐らく本人は単なる世間話のつもりだったのだろうが、それだけで済ますのは面白くないというものだ。
「で、その人昨日いたんですか?」
「……まあ、居たと言えば居たけど」
「へぇー」
「いや、聞いといてその反応はないだろ」
「えーじゃあ、何か面白いことでもあったんですか?」
いかにも渋々と言った様子で、拓真はひとつため息を零した。
「……そいつが床に本ぶちまけてたから」
「うん」
「見て見ぬ振りもなんだろ」
「そうだね」
「だから、拾った」
「ってことは、話したの?」
「……まあ」
「わあ、青春みたい」
「青春……」
しかし、こういうのは余りやり過ぎると怒られて然るべきであるというのが前提にあるせいか、思わず少し我に帰ってしまった。
「というかさあ」
「何だよ」
「いや……なんか……。ふふっ」
「な、なんだよ……」
「ごめんごめん、想像したら笑いが……」
「……なに想像したらそうなるんだ?」
「ちょっと先輩、つられてオレも笑っちゃうから止めて欲しいんですけど……。いや、ふっ……待って無理勘弁してください怒られる」
「いや、こんな面白いこと笑うなっていう方が無理でしょ」
その時、拓真が本を拾った時、この人はどんな顔をしていたのだろうか。いつものように仏頂面だったのか、そもそも目を合わせることをしなかったのか? それとも、悪趣味に茶化したそれに倣うように時が止まった感覚だったのだろうか?
それを考えるだけで自ずと笑みが溢れてしまうのは、きっとおれの性格に難があるからだろう。だとするのなら、性格の悪い人間がここにふたりもいるということになるが、そんなことは正直どうだっていい。
これから起こることに比べれば、些細なことに過ぎないのだ。
「もう一月も終わるじゃないですか。もう一回くらい雪降りますかね?」
よく口のまわる、橋下とかいう人物がそこにはいた。
「……来たんだったら、本くらい読めば?」
「えー、本読んだら眠くなるじゃないですか。嫌ですよオレ」
「じゃあ帰ればいいでしょ。なんでいるの?」
「別に居たっていいじゃないですか。あ、まさかですけど、いつもはオレに言えないようなあんなことやこんなことを図書室で喋ってるなんてことは……」
「あんなことやこんなことって、例えば何? 具体的に言ってよ」
「そこ突っ込んじゃいます? じゃあオレが喋るタイミングで神崎先輩がピー音入れといてくださいね? じゃないと規制されちゃう」
「俺を巻き込まないでくれ……」
どうしてこう、ひとり増えるだけでこうも騒がしくなるのだろうか。全くもって理解が出来ない。しかも出会ってそう時間は経っていないはずで、かつ特別仲が良いわけでもない。普通の人では到底出来ない出会い方をしてしまったから、尚更こういうどうでもいい話を出来るような関係でもないような気がするんだけど、果たしておれの考えすぎなのだろうか?
どうしても残るモヤモヤの原因は、全体的な事柄について解決が成されていないからだろう。本当に彼はあれ以来黒いそれに会っていないのかも疑問だし、彼のことだからそうやって良いながら探し回っているという可能性も十分考えられる。やっぱり、ややこしいことになる前におれが探して何とかした方が良いのだろうか?
その何とかする方法というのが具体的に分からないから、軽率に手を出せないというのもあるけど……。
「……拓真さー、昨日図書館行ったんでしょ?」
彼に聞いたら、ちゃんとした答えは返ってくるのだろうか? そっちの方が、おれにとっては難点だった。
「まあな」
何が嘘で本当かを見極めたいのに、余りにも情報が散乱していてどう行動するのが正しいのかが分からない。
「どうだった?」
「……どうだった、って何が?」
だから、こうして適当な雑談で気を紛らせるしか他なかった。
「いやだから、前言ってたあのー……よく図書館にいる人? 昨日はいたの? って話」
「え、なんですかその話。オレにも教えてくださいよー」
橋下君が五月蝿いから簡単に説明すると、この前拓真から「図書館でよく出会う別の学校の女子がいる」という、一見すると特に面白くもないただの世間話だ。
「なるほど……いやー、そっかー……」
何かを納得した様子で声を漏らす橋下君だが、大方おれの考えていることと相違はないだろう。
「それってアレなんですか? つまりはそのー、アレ」
「なんだよアレって」
彼の言葉を聞けば、それは明らかだった。
「いやそれはアレですよ。ねえ宇栄原先輩?」
「どうだろうねえ……。だとしたら滅茶苦茶面白いけど」
「いやウケたら失礼じゃないですか。面白いですけど」
あれは一体いつだったか、普段はそういう話を口にしない拓真が、誰に話を振られたわけでもないのに自分からこの話を持ち出してきたのだ。恐らく本人は単なる世間話のつもりだったのだろうが、それだけで済ますのは面白くないというものだ。
「で、その人昨日いたんですか?」
「……まあ、居たと言えば居たけど」
「へぇー」
「いや、聞いといてその反応はないだろ」
「えーじゃあ、何か面白いことでもあったんですか?」
いかにも渋々と言った様子で、拓真はひとつため息を零した。
「……そいつが床に本ぶちまけてたから」
「うん」
「見て見ぬ振りもなんだろ」
「そうだね」
「だから、拾った」
「ってことは、話したの?」
「……まあ」
「わあ、青春みたい」
「青春……」
しかし、こういうのは余りやり過ぎると怒られて然るべきであるというのが前提にあるせいか、思わず少し我に帰ってしまった。
「というかさあ」
「何だよ」
「いや……なんか……。ふふっ」
「な、なんだよ……」
「ごめんごめん、想像したら笑いが……」
「……なに想像したらそうなるんだ?」
「ちょっと先輩、つられてオレも笑っちゃうから止めて欲しいんですけど……。いや、ふっ……待って無理勘弁してください怒られる」
「いや、こんな面白いこと笑うなっていう方が無理でしょ」
その時、拓真が本を拾った時、この人はどんな顔をしていたのだろうか。いつものように仏頂面だったのか、そもそも目を合わせることをしなかったのか? それとも、悪趣味に茶化したそれに倣うように時が止まった感覚だったのだろうか?
それを考えるだけで自ずと笑みが溢れてしまうのは、きっとおれの性格に難があるからだろう。だとするのなら、性格の悪い人間がここにふたりもいるということになるが、そんなことは正直どうだっていい。
これから起こることに比べれば、些細なことに過ぎないのだ。