15話:有限の時空は存在しない

 新しく季節が切り替わる時期というのは、全体的に騒めいているような空気感に踊らされる。おれは、そういう類いのことが好きじゃ無い。毎年毎年繰り返されるそれには、とっくにうんざりしていたのだ。

「あ、いたいた。せーんぱい」

 もうひとつの転機が訪れたのは、新学期が始まって少しした後のこと。
 いつからか、三人でいることに何の疑問も抱かなくなっていた時の話だ。

「……なんだ、橋下君って友達いたんだね?」
「ちょっと先輩、それは流石に酷くないですか?」
「そんなこともないと思うけど」

 橋下君が、見たことのない人物を連れてきたのだ。彼の左手は、おれの知らない誰かの腕を離さまいとガッツリ掴んでいる。

「はいっ、相谷くんです!」

 相谷と呼ばれた人物は、彼によってかなり強引におれの前に押し付けられた。瞬間、彼とばっちり目があってしまったが、すぐに逸らされてしまう。こう、いかにも無理矢理連れてこられましたという状況は中々に珍しい。

「……初めましてだよね?」

 それに気づかないふりをしておれは質問を投げてみるが、言葉が返ってくる気配は一向にない。
 さて、この状況はどうしたものか。そうやって思考を巡らせる時間が、余り与えられていないということがどうにも惜しい。

「おれは宇栄原 渉。別に宜しくしなくてもいいんだけど、話し相手くらいなら出来るから。良ければいつでも来てね」

 挨拶と、それにつけ加えられた言葉は少し他人行儀過ぎたような気がしてならない。

「あ、相谷です……」

 しかし、それくらい言わないと言葉を返してくれないんじゃないかというのが頭をよぎったのだから仕方がないというものだ。
 どういう経緯でここに来たのかはまだ分からないけど、自ら望んで来たわけでは無さそうだし、こういう場合は適当に扱わないほうが無難だろう。

「……なんか、オレと接するより優しいですね?」
「余り変わらないと思うけど。……拓真も聞いてるんでしょ? シカトも大概にして挨拶くらいしてあげたら?」

 名指ししたお陰なのか、ようやく拓真は本から視線を外し相谷を視界の隅に入れた……のだろうが、それはほんの数秒のこと。何を言うでもなく、彼の目はまた本を捉えはじめる。
 その様子を見た相谷くんはと言えば、先ほどよりも緊張感に溺れているようで、言うなれば完全に拓真にビビっているようだった。
 まるで優しい空気を作ろうとしたおれが馬鹿みたいだが、それは決しておれのせいではない。

「あー……あの人、別に怖い人じゃないから。橋下君みたいに五月蠅くないし」
「ちょっと先輩! 今のは神崎先輩をボロクソいう流れだったじゃないですか」
「いや、そんな流れにした覚えはないけど」
「本当ですかー? 目付き悪いし口数少ないしついでに俺に遊ばれてるとか、あることないこと聞きたかったんですけど」
「それはお前がボロクソ言いたいだけだろ……」

 しかもそれ全部本当だろ。そんな言葉が拓真から聞こえてくる。ちゃんと自覚があったというのは正直驚きを隠せない。「そんなことないですよー」などと言いながら、流れるように拓真の隣に座る橋下君をよそに、おれと相谷くんの間には当然のように沈黙が訪れていた。何を言うでもなく、お互いがお互いを視界に入れる。

「橋下君に無理やり連れてこられた、ってところ?」
「……そう見えますか?」
「そうにしか見えないけど」

 そう言うと、相谷君は苦笑いを浮かべた。このタイミングのそれは答えだと言って差し支えないだろう。

「なんか、うん……。ご愁傷さまって感じ」
「はは……」

 感情の薄い笑いを取り巻いた彼が座れるように促しつつ、これからどうしたもんかと考えるのに必死であるということを、隣で訳の分からない言い合いをしているふたりは果たして分かっているのだろうか? 別に連れてくるのは構わないけど、それなら最後まで責任をもって欲しいものだ。

「先輩見てくださいよこれ、可愛くないですか? 我ながら上出来っていうか」
「かわ……いくはないだろ。何描いたらそうなるんだよ」
「えー、どう見たってブタですよこれ」
「ブタ……」

 ああなんか、やっぱりこのふたりを前にして色々と考えるのは時間の無駄かもしれない。
 言葉にすらならないおれの小さなため息が、果たして相谷君の耳に入っていたのかどうか。それを考えるのは野暮というものだ。
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