第20話:懇篤の罠
カラカラと、店の扉が開かれる音がする。客が訪れた合図に、その場にいたオレとおじさんは示し合わせたかのように音のする方へ顔を向けた。
「……こんにちは」
「え……?」
そして、間抜けな声をいの一番に口にしたのはオレだけだった。
「靴、探しに来ました」
もうすっかりと見慣れてしまったアルベルが、ひとりで店を訪れたのだ。
「な、なんで……?」
「前、今度は客として来るって言ったでしょ? 覚えてない?」
「覚えてるけど……」
覚えてはいるけど、本当にそれが目的で来るとは到底思っていたかったのだ。あんなのただの世間話のうちのひとつで、別れ際に「また会おうね」と言うようなものだと思っていた。それも貴族と市民の会話なのだから、オレじゃなくたってそう簡単に鵜呑みになんかしないだろう。
「……あんた、もしかしてノーウェン家の貴族さんか?」
オレとは違い、おじさんはアルベルをすぐに貴族だと認識した。少し驚いた顔を見せたものの、すぐにいつものおじさんへと戻っていく。
「まあ……一応そうなりますね」
「ふーん、そっかそっか……」
オレとアルベルのやりとりを見たおじさんは、何を思ったのか頭をかきながら考えあぐねているらしい。
それを見て、これは少しまずい状況かもしれないと心なしか焦っていた。オレがどうして貴族と知り合いなのか、どうして貴族がオレを訪ねてきたのか、貴族が訪ねてくるほどのことがあったのか。その答えに値することを、オレはおじさん達に一切話していないのだ。もしこの場で問われたら、オレはきっと黙りこくってしまうだろう。
「俺ちょっと用事思い出したわ。ってことで、ふたりで適当にやっててくれ」
「え、ちょっと……おじさん?」
しかし、思いの外あっさりとした口振りに思わず驚きを隠せなかった。言及されては困ると思っていたにも関わらず、思わず呼び止めてしまったのだ。
「じゃ、どうぞごゆっくりー」
オレの声なんてまるで聞こえていないとでもいうように、さっさと持ち場から離れ、レジ奥の扉を開けて去っていってしまう。扉が再び閉じられたのを確認し終わると、再びアルベルと目がばっちりと合った。
「……気、使われちゃったね」
小さく肩を竦めながら、アルベルはオレのいるレジの方へと僅かに距離を詰めた。
「で、靴なんだけど」
「えっと……本当にそれだけの為に来たの?」
「そうだけど?」
靴屋に来たんだから当たり前じゃないか、とでも続きそうなトーンに、オレは更に困惑した。その様子を見たアルベルは「嘘は言わないよ」と付け足し、更にこう口にする。
「僕に合う靴、教えて下さい」
アルベルのその口振りに、オレは思わず息を飲んだ。
「ちょ、ちょっと待って……!」
引き出しの奥の方に縮こまっていたメジャーと、名簿とペンを手に持って、別に誰に急かされているわけでもないのにアルベルの元へと急いでいった。
「……わざわざ測るの?」
「だってご新規さんだし……」
「ご新規……まあそうか。うん、じゃあ任せるよ」
当初の靴を探しに来たという目的の為に、一応はアルベルの靴のサイズを測ることにする。それが例えオーダーメイドでなくても、客のサイズは知っておくと後に楽なのだと、おじさんは良く言っていた。
「アル……アルベル……の、のー……なんだっけ」
「……僕書こうか?」
「うん……」
手に持たれていたペンが、アルベルの手元へ移る。いい加減、貴族の名前くらいは覚えておこうと心に決めた。
「……こんにちは」
「え……?」
そして、間抜けな声をいの一番に口にしたのはオレだけだった。
「靴、探しに来ました」
もうすっかりと見慣れてしまったアルベルが、ひとりで店を訪れたのだ。
「な、なんで……?」
「前、今度は客として来るって言ったでしょ? 覚えてない?」
「覚えてるけど……」
覚えてはいるけど、本当にそれが目的で来るとは到底思っていたかったのだ。あんなのただの世間話のうちのひとつで、別れ際に「また会おうね」と言うようなものだと思っていた。それも貴族と市民の会話なのだから、オレじゃなくたってそう簡単に鵜呑みになんかしないだろう。
「……あんた、もしかしてノーウェン家の貴族さんか?」
オレとは違い、おじさんはアルベルをすぐに貴族だと認識した。少し驚いた顔を見せたものの、すぐにいつものおじさんへと戻っていく。
「まあ……一応そうなりますね」
「ふーん、そっかそっか……」
オレとアルベルのやりとりを見たおじさんは、何を思ったのか頭をかきながら考えあぐねているらしい。
それを見て、これは少しまずい状況かもしれないと心なしか焦っていた。オレがどうして貴族と知り合いなのか、どうして貴族がオレを訪ねてきたのか、貴族が訪ねてくるほどのことがあったのか。その答えに値することを、オレはおじさん達に一切話していないのだ。もしこの場で問われたら、オレはきっと黙りこくってしまうだろう。
「俺ちょっと用事思い出したわ。ってことで、ふたりで適当にやっててくれ」
「え、ちょっと……おじさん?」
しかし、思いの外あっさりとした口振りに思わず驚きを隠せなかった。言及されては困ると思っていたにも関わらず、思わず呼び止めてしまったのだ。
「じゃ、どうぞごゆっくりー」
オレの声なんてまるで聞こえていないとでもいうように、さっさと持ち場から離れ、レジ奥の扉を開けて去っていってしまう。扉が再び閉じられたのを確認し終わると、再びアルベルと目がばっちりと合った。
「……気、使われちゃったね」
小さく肩を竦めながら、アルベルはオレのいるレジの方へと僅かに距離を詰めた。
「で、靴なんだけど」
「えっと……本当にそれだけの為に来たの?」
「そうだけど?」
靴屋に来たんだから当たり前じゃないか、とでも続きそうなトーンに、オレは更に困惑した。その様子を見たアルベルは「嘘は言わないよ」と付け足し、更にこう口にする。
「僕に合う靴、教えて下さい」
アルベルのその口振りに、オレは思わず息を飲んだ。
「ちょ、ちょっと待って……!」
引き出しの奥の方に縮こまっていたメジャーと、名簿とペンを手に持って、別に誰に急かされているわけでもないのにアルベルの元へと急いでいった。
「……わざわざ測るの?」
「だってご新規さんだし……」
「ご新規……まあそうか。うん、じゃあ任せるよ」
当初の靴を探しに来たという目的の為に、一応はアルベルの靴のサイズを測ることにする。それが例えオーダーメイドでなくても、客のサイズは知っておくと後に楽なのだと、おじさんは良く言っていた。
「アル……アルベル……の、のー……なんだっけ」
「……僕書こうか?」
「うん……」
手に持たれていたペンが、アルベルの手元へ移る。いい加減、貴族の名前くらいは覚えておこうと心に決めた。