第19話:情報補正

 一通りの話が終わり、手元の紅茶が無くなったのを皮切りに、オレはようやくクレイヴの書斎から解放された。大事な話であるというのはよく分かるのだが、それはそれとして難しい話はどうにも疲れるというものだ。
 少し前を歩くクレイヴに着いていき、受付のすぐ近くまではあっという間だった。そこで後ろを振り向いてきたクレイヴに、思わず少し緊張が走ってしまう。

「やっぱり送ろうか?」
「い、いいよ……すぐそこだし」
「シント君のすぐそこというのは、随分と範囲が広いようだね」
「シント……」

 クレイヴに揚げ足をとられている最中のこと、出入口付近にある受付の、とある人物がオレの名前を反復した。ここ最近、図書館に来てからようやくお互いがお互いを認識したような感覚だ。

「前から思ってましたけど、昔会ったことありますよね?」
「……え?」

 しかしどうやら、それとはまた少し違った状況らしい。

「ああそういえば、カルトさんと一緒に何度か図書館に来たことがあったね」
「僕も言うほど覚えている訳ではないですけど……」

 続けてクレイヴから紹介を受けたのは、ルエードという同い年くらいの人物だ。前、エトガーと図書館に来た時にも見たことがあった人物だが、それよりも随分前にオレはこのルエードという人物と既に出会っていたらしい。
 それが一体どれくらい前のことなのかはこれだけでは分からないが、ルエードが「余り覚えてないけど」と口にし、クレイヴがそれに同調する辺り、オレが思っているよりももう少し前の話なのかもしれない。

「……オレの父さん、見たことあったりする?」

 魔が差した、とでも言えばいいのだろうか。気付けばそんなことを口走ってしまっていた。しかしそこに後悔というほどの感情はなく、単純に興味本位だったんだと思う。自分でもよく分からなかった。
 少し考えた後、ルエードと呼ばれた人物はこう答えた。

「似てますよね、あなたと」

 その言葉を聞いた瞬間、全身の体温が顔に上っていくような感覚に苛まれた。オレの質問の答えというわけでもないはずのに、どこか的確に痛い部分を突かれたような気分だった。

「……何かマズいことでも言いました?」
「はは、彼は意外と照れ屋なようだよ」
「そ、そんなんじゃないっ……!」

 反射的に否定の言葉が出てしまい、更に居たたまれなくなったオレは勢いにまかせて身体を動かした。図書館というある程度静かであることが約束されている空間に、扉の開閉音が混じっていくのなんて今のオレの耳には入らなかった。
 走り去るには十分なくらいに、図書館のある通りはそこまで人が多くない。市場の状態を知っている身としては少々物足りないと感じるくらいだが、今はこれが丁度よかった。
 ルエードと名乗る人物は、オレと父さんが似てると言った。これでも父さんの顔はちゃんと思い出せるようにはなり、今は父さんの顔が頭から離れてくれなくて仕方がない。

(そんなこと……ない)

 しかしどうにも、ルエードという人物の言葉を信じたくない自分がいた。
 目頭に何かが溜まりかけているのを払拭するように、俺は思わず首を振った。横を通る風で身体の熱が飛んでいくのには、もう少し時間がかかりそうである。
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