第19話:情報補正

「今日私が使ったもの、光の粒みたいなのがいわゆる貴族が使っている魔法だね」

 そんなオレを余所に、落ち着いた声色の説明になんとか耳を傾けていった。魔法というものがなんなのかという認識こそはきっと間違ってはいないのだろう。

「それにひきかえ深淵というのは、黒い粒子が集まって澱みを生んでいる。違うモノのように見えるけど、その実中身は同じのはずだ」

 問題はきっと、市民が知り得ない何かが含まれているということだ。

「魔法を暴走させて死亡した瞑邪が纏っているものが、その深淵だからね」

 そのクレイヴの言い分に、オレは少し頭を捻った。どうやら頭はちゃんとついていく努力をしていたらしい。

「で、でもレズリーって逝邪なんだよね? なんでその深淵がレズリーのところにあるの……?」

 深淵という話になってはじめての質問を投げると、クレイヴは少し難しい顔をした。どうやら言いにくいことが含まれていることらしいというのが、直感ではあるもののすぐに分かった。

「……余り憶測でモノは言いたくないのだけれど、可能性として考えられるのは二つ。瞑邪があの家に居た場合と、瞑邪という存在になり得ることをレズリーがしたかのどちらかだと私は思っているよ。後者は可能性としてはかなり低いが……どちらにしても、彼は事件のこと以外にも何か隠していることがあるんじゃないかな」

 あくまでも憶測であるというのを主張しつつ、クレイヴはオレの質問にもしっかりと答えてくれた。ようは、確信がないから余り鵜?みにしてくれるなということなのだろう。

「さて……私の難しい話はこれで終わり。次は君の番」
「オ、オレ?」
「うん。いい加減、難しい話を聞くのも飽きただろう?」

 クレイヴはそうやって言うが、特別飽きたという訳でもなかった。確かに難しい話ばかりが続いていて頭の中で上手く処理が出来てはいない。自分に関係のないことだったら、このまま理解しようともせずに匙を投げてしまいそうなくらいだ。正直これと言って聞きたいことがあるわけでもないのだか、一応少しだけ考えてみることにした。
 多分この人は、オレが気になったことならなるべく分かりやすく簡潔に口にしてくれるだろう。この機会をそう簡単に逃してしまうのは、流石に少し勿体ないような気がしたのだ。

「……レズリーに通り魔のこと話してたけど、何か関係あるの?」
「ああ……あると言えばあるし、ないと言えばないね」

 そう言って、クレイヴは更に言葉を続けた。

「……久しぶりに深淵を見て、ちょっと思い出したことがあってね。通り魔事件の犯人らしい人間が深淵を纏っていたという話を聞いたから聞いてみたんだけど、結局彼は事件のことは知らなかったようだし、直接的な関係はないんじゃないかな」
「ええっと……深淵を纏ってたってことは、その通り魔っていうのは魔法を使えるってこと?」
「そういうことになるだろうね。私は会ったことがないけど、どうも貴族が犯人ってわけじゃないらしいよ」

 貴族が犯人ってわけじゃない。その言葉にやけに引っかかりを覚えてしまった。それは当然だろう。オレの知っている前情報と異なっていたのだ。

「魔法って、貴族じゃなくても使えるの……?」

 恐る恐る、オレは疑問を提示した。

「使える素質のある家柄は多く存在するはずだよ。例えば幽霊が視える人っていうのは、その素質は持っていると言っていいんじゃないかな。まあ、それと魔法が使えるようになるかは別問題だけど」

 ということは、その幽霊が視える市民の中で更にごく少数の人間が通り魔として存在してしまっているということなのだろうか? 日常事のようにクレイヴは話しているが、それはもしかしてとんでもない事件なのかも知れない。市民が思っているよりも遥かに、だ。

「貴族というのは、一般人の視えないモノが視え、尚且つそれに対する対抗措置を持っている家柄を総称した、ただのオカルト集団さ」

 自虐を込めた最後の説明は、きっと間違ってはいないのだろう。しかしどちらにしても、貴族は貴族にしか出来ない方法で、尚且つ市民の見えないところで警察と協力しながら事件の解決策を練っているのだ。警察と協力というのだって、いわゆる一般人ではどうにもならないからやらざるを得ないのだろう。
 さてここで、ひとつの疑問がまた頭に浮上した。それはずっと気になっていたことでもあったのだが、いまいち現実味がないせいで言葉にしきれなかったものである。
 クレイヴはさっき、幽霊が視える人は魔法を使える素質があると言った。

「……レズリーが視える俺は、なんなの?」

 レズリーは、十年も前に死亡している。幽霊という枠の中に逝邪がいるということは、オレがレズリーを認識するなんてことは出来ないはずだ。
 オレが持っているブレスレットはレズリーがくれたものだけど、元は父さんのものであるとレズリーは言っていた。そして、そのブレスレットにはどうやら魔法が込められているらしい。それが意味するものは一体なんなのかを気にしないようにしていたのに、気になってしまうような情報を耳にしてしまった。どうも、今日のオレは聞きたがりのようである。

「その答えは、出来ればシント君自身が見つけてほしいな」

 しかしクレイヴは、オレの疑問の答えを口に出すことはしなかった。

「ちゃんと自信を持ちなさい。それは、君が君の力で見つけてくれるのを待っているよ」

 クレイヴの言葉そのものが答えのような、しかし明確には教えないという意思を感じた。つまりそれは、オレがオレの考えと意思の元、確信が持てる状態になったうえで答えになるということだろう。
 曖昧な感情でそれを意識してはいけないと、ある種の警告のようだった。
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