第10話:修復不可

 ひと家族が住むにしては大きすぎる家。大きいだけで特に意味を持たないそれの中に、まるで当たり前のように住んでいる人間というのは、ある程度相場は決まっているというもの。だからというわけでもはないけど、世間一般では当然と思われてるであろういわゆるお手伝いという人達も、多くはないがそれなりにいる。
 大げさなほどに装飾が施されている扉の取っ手に手をかけると、それになんの価値もないということがよく分かる。例えば、街の図書館のようなある程度の重要な役割を持っているものであるのならその理由も分からなくはないけど、単純に住むだけの場所なのだから別にどうだっていいのに。それとも、こういう立場をわかりやすく視覚化するという意味では、そうせざるを得ないのだろうか。どちらにしても、僕からしたら過剰装飾に過ぎないのだけれど。

「姉さん」

 訪れたのは、姉さんのいる部屋。僕の声に反応した姉さんが振り向いたと同時にふわりと風をまとうスカートが、やけに目についた。

「あれ……ロエル、どうしたの?」
「いや、元気かなって思って」
「なあに、それ? お医者様だって大丈夫って言ってたじゃない。それに、ただの定期健診よ?」
「……うん、そうだね。そうだよね」

 まるで決まり文句のような姉さんの言葉。言葉には決して出さないけど、正直に言ってしまえば、出来ることなら余り聞きたくはない。定期健診なんて、ある程度健康であるならそもそも起こりえないじゃないか。
 いや、別に怒っている訳ではない。仕方のないことだっていうのは十分分かっている。分かってはいるのだけれど、姉さんと話していると、どうしても頭にチラついて離れないことがあった。

「ねえ、それよりも久しぶりに一緒に出掛けない?暫く外に出てなかったから、体がなまっちゃって」
「ああ、うん。それはいいけど……」
「本当? さっきね、レイナに聞いたんだけど、近くの通りにカフェが出来たらしいの。ロエルは知ってる?」

 レイナというのは、所謂この家のメイドのひとりである。姉さんとよく話しているところを見かけるし、話す機会なら僕だってそれなりにある人物だ。

「カフェ? そんなところあったっけな……」
「やっぱり知らないと思ったわ。相変わらずそういうところに疎いのね。行ったことないなら、わたしそこ行きたいな。ほら、お昼時だし丁度いい時間じゃない?」

 時計を見ると、確かに時間は十一時を過ぎている。そういう話になるとは思ってなかったから一瞬戸惑ったけど、僕はすぐに態勢を整えて承諾した。

「じゃあちょっと待ってて。すぐに準備するから」

 そう言ったかと思うと、姉さんはバタバタと忙しなく足を動かして準備を始めた。そんなに急がなくたっていいのに、なんて言いそうになってしまったけど、姉さんからしたら久しぶりの外出なのだから、そうなるのは当然というのもだろう。
 上着と、簡単な手荷物を手に小さな鞄に入れている途中、姉さんが思い出したかのように口を開いた。

「そういえば、あの通り魔の事件ってまだ解決してないんでしょう?」
「え? ああ、そうだね……証拠がないのもそうだけど、魔法が使われているから尚更なのかな」

 適当に、思いついたことを言葉にする。他の貴族はどういう考えなのかは知らないし興味もないけど、正直なところ、魔法を使える市民なんて放置しておけば勝手に自滅するんだから、殺人はともかくとして、僕からしたら別にそこまで大したことじゃない。
 元々レナール家はそういうことに非協力的ではあったけど、形だけでもいいから参加しておけと父が何度も言うもんだから、協力しているという体で仕方なく付き合っているだけ。ただそれだけだったから、姉さんに何かを言えるほどの情報を僕は持っていないのだ。

「あたしもちゃんと協力出来れば良かったんだけど……」
「だ、駄目だって。そもそも、別に無理してこっち側が協力する必要なんてないんだし」
「それは分かってるけど……。だって、こういうのって人手が多い方がいいんでしょう? ……と、じゃあ行きましょうか。早くしないと混んじゃうものね」

 姉さんの言葉を合図に、僕は足を翻す。というより、腕を掴まれてしまいそうせざるを得なかったのだけれど。扉が開けば、玄関までの間に無駄に長い廊下が待っている。

「そういえば、カフェって余り行ったことがないんだけど、あたしの思ってる感じでいいのかしら?」
「姉さんの思ってるカフェがどういうものなのか分からないけど……。まあ大体合ってると思うよ、うん」
「なあに? その中途半端な答え。知らないなら知らないって言えばいいのに」
「いや、そういうことじゃないっていうか……。外に出ればそれっぽいお店は見るけど、姉さんが行ったことないなら、僕だって行ったことないし」
「せっかくお仕事で外に出る機会が多いんだから色んなところに行けばいいのに……。その方が、あたしがロエルに案内してもらえるじゃない?」
「はは、そうだね……」

 いつも顔を合わせているはずなのに、どうしてか久しぶりに話をしたような気がする。思えば、それは確かにその通りだ。姉さんの検診が近づく度に、何かと理由をつけて側にはいかないようにしているから。
 だからという訳でもないけど、この長い廊下をひとりで歩いている時よりかは退屈しない。店に着くのはもう少しだけ先になりそうだけど、それも悪くないと思いながら、僕は姉さんの隣で姉さんが発する他愛のない声をただ聞いていた。
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