第5話:その言葉は真実か
「今日も静かだな……」
ひとりしかいないのに言葉を溢してしまうのは、寂しいからとかそういうことではなく、きっと誰もいないからこそなのだろう。その言葉は、誰にも認知されることなく消えてしまう。頬に優しく当たる風が、唯一の喧騒にすら聞こえてしまう程、静寂に溢れたこの場所で、私はただひとり、庭でお茶を嗜んでいた。
木漏れ日が舞うのは天気がいい証拠でもあるが、この場所にとっては、ひとりしかいないということへの当て付けのように感じてしまう。白いテーブルに置かれているのは、ティーポットと四つのカップ。それに、淡くも優しい味のする沢山のクッキーだ。ひとりしかいないのに、どうしてこんなに量が多いのか。そう思っていたことは何度もあったが、いつしかこの量にも何も思わなくなってしまっていた。だけど、数日前にこの家に訪れた、とあるひとりの訪問者か発した言葉によって、考えざるを得なくなってしまっている。
『いや、何て言うか……。ティーカップの数多いなあと思って』
やはり、言われるとどうにも気になってしまう。いや違うな。そんなこと、最初から分かっていたことじゃないか。この家はおかしい。そして、そんな家に平然と『生きている』私もまた、おかしいということなんて。
未練というものは、何処までも付きまとう。このテーブルに置かれたもの全てが、もっと言うなら、この家自体が、きっとそれに当てはまるのだろう。だから私は、魔法に呑まれた今もここに留まってしまっているのかも知れない。平たく言うのなら、幽霊という言葉が一番近いだろう。ただ、それとは明らかに違う部分がある。
廃れることもない、現実とは少しかけ離れた場所。魔法の作用なのかなんなのか、一部を除いて全てがあの時のままなのだ。でも、だ。こうやって留まっていたところで、一体なんだと言うんだ? もう戻らない過去に縋ってどうなるんだ? そうやって、私は私に問いかける。もう数え切れないくらいに自問自答したことだが、答えはどんなに探しても見つからない。ここ最近は、最早そんなことなんて考えもしなくなっていたが、彼がここに姿を現してしまったことによって、その疑問は沸々と湧き上がってしまっていた。だからと言って、彼は決して何も悪くない。そう、悪くなんてないのだ。
その結論が、私の中の何かが五月蝿く呻きを上げる。それが少しずつ私を侵食していくのが、手に取るように分かった。いっそのこと、私のよく知るそれに全てを委ねてしまいたくなる。でも、それじゃ駄目なことなんて、痛いほど分かっている。身を任せてしまえば、本当に……。戻れなく、なってしまう?
私は何を言っているのだろうか? だってもう、後戻りなんて出来ないのだろう?
ああそうだ。もう何も戻らないなら、そんなのどう足掻いても同じじゃないか。もう全部壊れたんだ。それならいっそ、また壊してしまえばいい。じわじわと、そんな思考に囚われていく。でも、だ。そもそもこうなったのは一体何故だ? どうしてこうなった?どうしてこんなにもそれらに執着しているんだ? こんなことになったのは、紛れもなく私のせいだというのに。
五月蠅く響く、何かが割れる音。それは酷く騒がしく、自身の耳をつんざいていく。いつしか、テーブルに置かれたそれらものなんて、全て地面に叩きつけられていた。そして私はこう思う。「ああ、粉々に割れたそれらは、まるで私の壊れた心のようで滑稽じゃないか」と。
私はとても不思議でならない。どうして彼は、この場所に足を踏み入れてしまったのか。どうしてまた、私の目の前に現れてしまったのか。だって、彼にとってのここは……。そう、そうなのだ。彼は、ここに来てはいけない。来るべきではない。
「頼むから、もう、来ないで……くれ……?」
口にした言葉に、疑問が残る。
違う。違う違う違う。何を言っているんだ私は。だって、彼を……シント君を呼んだのは、紛れもなくこの私じゃないのか?
「はは、困ったな……」
乾いた笑いが地面に落ちる。それは、諦めと後悔。そして、全てを終らせたい衝動によるものだった。
止めろ、止めてくれ。
頼むから、私を取り巻く全てのもので、これ以上私を壊さないでくれ。
ひとりしかいないのに言葉を溢してしまうのは、寂しいからとかそういうことではなく、きっと誰もいないからこそなのだろう。その言葉は、誰にも認知されることなく消えてしまう。頬に優しく当たる風が、唯一の喧騒にすら聞こえてしまう程、静寂に溢れたこの場所で、私はただひとり、庭でお茶を嗜んでいた。
木漏れ日が舞うのは天気がいい証拠でもあるが、この場所にとっては、ひとりしかいないということへの当て付けのように感じてしまう。白いテーブルに置かれているのは、ティーポットと四つのカップ。それに、淡くも優しい味のする沢山のクッキーだ。ひとりしかいないのに、どうしてこんなに量が多いのか。そう思っていたことは何度もあったが、いつしかこの量にも何も思わなくなってしまっていた。だけど、数日前にこの家に訪れた、とあるひとりの訪問者か発した言葉によって、考えざるを得なくなってしまっている。
『いや、何て言うか……。ティーカップの数多いなあと思って』
やはり、言われるとどうにも気になってしまう。いや違うな。そんなこと、最初から分かっていたことじゃないか。この家はおかしい。そして、そんな家に平然と『生きている』私もまた、おかしいということなんて。
未練というものは、何処までも付きまとう。このテーブルに置かれたもの全てが、もっと言うなら、この家自体が、きっとそれに当てはまるのだろう。だから私は、魔法に呑まれた今もここに留まってしまっているのかも知れない。平たく言うのなら、幽霊という言葉が一番近いだろう。ただ、それとは明らかに違う部分がある。
廃れることもない、現実とは少しかけ離れた場所。魔法の作用なのかなんなのか、一部を除いて全てがあの時のままなのだ。でも、だ。こうやって留まっていたところで、一体なんだと言うんだ? もう戻らない過去に縋ってどうなるんだ? そうやって、私は私に問いかける。もう数え切れないくらいに自問自答したことだが、答えはどんなに探しても見つからない。ここ最近は、最早そんなことなんて考えもしなくなっていたが、彼がここに姿を現してしまったことによって、その疑問は沸々と湧き上がってしまっていた。だからと言って、彼は決して何も悪くない。そう、悪くなんてないのだ。
その結論が、私の中の何かが五月蝿く呻きを上げる。それが少しずつ私を侵食していくのが、手に取るように分かった。いっそのこと、私のよく知るそれに全てを委ねてしまいたくなる。でも、それじゃ駄目なことなんて、痛いほど分かっている。身を任せてしまえば、本当に……。戻れなく、なってしまう?
私は何を言っているのだろうか? だってもう、後戻りなんて出来ないのだろう?
ああそうだ。もう何も戻らないなら、そんなのどう足掻いても同じじゃないか。もう全部壊れたんだ。それならいっそ、また壊してしまえばいい。じわじわと、そんな思考に囚われていく。でも、だ。そもそもこうなったのは一体何故だ? どうしてこうなった?どうしてこんなにもそれらに執着しているんだ? こんなことになったのは、紛れもなく私のせいだというのに。
五月蠅く響く、何かが割れる音。それは酷く騒がしく、自身の耳をつんざいていく。いつしか、テーブルに置かれたそれらものなんて、全て地面に叩きつけられていた。そして私はこう思う。「ああ、粉々に割れたそれらは、まるで私の壊れた心のようで滑稽じゃないか」と。
私はとても不思議でならない。どうして彼は、この場所に足を踏み入れてしまったのか。どうしてまた、私の目の前に現れてしまったのか。だって、彼にとってのここは……。そう、そうなのだ。彼は、ここに来てはいけない。来るべきではない。
「頼むから、もう、来ないで……くれ……?」
口にした言葉に、疑問が残る。
違う。違う違う違う。何を言っているんだ私は。だって、彼を……シント君を呼んだのは、紛れもなくこの私じゃないのか?
「はは、困ったな……」
乾いた笑いが地面に落ちる。それは、諦めと後悔。そして、全てを終らせたい衝動によるものだった。
止めろ、止めてくれ。
頼むから、私を取り巻く全てのもので、これ以上私を壊さないでくれ。