第4話:文字に囲まれた者
薄暗い部屋は、どうしてか僕の落ち着かせる。その空間に包まれながら、何を考えるでもなくひとり静かに定位置である窓枠に座り、目を閉じていた。窓から射し込むいくつかの小さな光が、辛うじて僕のことを捉えている。無造作にテーブルに置かれたコーヒーなんて、既に冷めきってしまっていた。
ぱたぱたと、部屋の外から世話しない足音が聞こえてくる。その音は僕の部屋の近くで止まり、ほんの少し間を置いて、ノックする音が聞こえてきた。ノックされたのは、この部屋だ。
「兄さま……?」
誰かが、僕のことを呼んでいる。僕のよく知っている声の主は、僕の返事を待たずに扉を開ける。彼女のためにと、重くのし掛かる瞼をゆっくりと開けた。
「……ああサラ、そんなに急いでどうしたの?」
「えっと、その……近いうちに、一緒に図書館に行きませんか?あっ、兄さまが良ければ、ですけど」
少しおどおどした様子で話しかけてくる僕の妹の両手には、いつだったかに図書館で借りた本が握られていた。それがどういう意味を持つのかなんて、考えるまでもなかった。
「いいよ。そうだな……明後日の午後にでも行こうか?丁度僕も、クレイヴさんのところに行かないとって思っていたんだ」
「本当ですか? じゃ、じゃあ、明後日楽しみにしてますねっ」
サラは嬉しそうに、そしてどこか安堵した様子を見せる。ふわりと髪の毛を靡かせる様子は、感情を表しているかのようで、その君の姿に自然と僕も笑みが溢れてしまう。ああ、どうして彼女はこんなにも可愛らしい笑顔を僕に向けてくれるのだろうか。
だけど、そんな感情なんて、一瞬で何処かに消えてしまうということは、最初から知っていた。
「それはいいけれど……。さっきは随分と急いでこっちに来たみたいだったね。何かあったの?」
「だ、だって……。兄さますぐ何処かに行っちゃうから、見つけたら早く言わないとって思って……」
「あー……。そうか、そうだね。ごめん」
言いづらそうにしながらも言葉を紡ぐ彼女は、本で口を隠してしまう。両手で大切そうに抱えているそれを見ると、僕の心に抜けない針が刺さってしまったかのように、胸が痛むのが分かる。目的はきっと、本を返すことでも借りることでもないのだろう。
本は特別好きでも嫌いでもないが、サラの手にしているそれは、それだけは。見ているとどうしても腹が立ってしまう。そんな醜い感情を落ち着かせるように、僕はサラとの距離を詰めながら言葉を吐いた。
「サラのお願いだったら、僕はなんでも聞いてあげるから」
彼女に笑顔を向けながら、静かに、淡々と。
「だから、いつでも僕を捕まえにおいで?」
少し驚いたように見せながらも、嬉しそうに笑みを溢したと同時に、ふわりと髪の毛が舞う。彼女の愛らしい笑顔を見るだけで、僕は救われてしまうのだ。
「は、はいっ。あ……でもなんでもはちょっと……」
「ふふ、分かっているよ」
他愛のないいつもの会話。それが僕にとっては、どれほど幸せな事実であるのかという事を、きっと彼女は知らないだろう。
ああどうか。何てことない、この日常が終わらないようにと願いながらも、早く誰かがこの茶番を終わらせてはくれないだろうかとも思ってしまっている自分がいる。そんな壊れた矛盾が、いつしか酷く心地よく感じてしまっていた。
ぱたぱたと、部屋の外から世話しない足音が聞こえてくる。その音は僕の部屋の近くで止まり、ほんの少し間を置いて、ノックする音が聞こえてきた。ノックされたのは、この部屋だ。
「兄さま……?」
誰かが、僕のことを呼んでいる。僕のよく知っている声の主は、僕の返事を待たずに扉を開ける。彼女のためにと、重くのし掛かる瞼をゆっくりと開けた。
「……ああサラ、そんなに急いでどうしたの?」
「えっと、その……近いうちに、一緒に図書館に行きませんか?あっ、兄さまが良ければ、ですけど」
少しおどおどした様子で話しかけてくる僕の妹の両手には、いつだったかに図書館で借りた本が握られていた。それがどういう意味を持つのかなんて、考えるまでもなかった。
「いいよ。そうだな……明後日の午後にでも行こうか?丁度僕も、クレイヴさんのところに行かないとって思っていたんだ」
「本当ですか? じゃ、じゃあ、明後日楽しみにしてますねっ」
サラは嬉しそうに、そしてどこか安堵した様子を見せる。ふわりと髪の毛を靡かせる様子は、感情を表しているかのようで、その君の姿に自然と僕も笑みが溢れてしまう。ああ、どうして彼女はこんなにも可愛らしい笑顔を僕に向けてくれるのだろうか。
だけど、そんな感情なんて、一瞬で何処かに消えてしまうということは、最初から知っていた。
「それはいいけれど……。さっきは随分と急いでこっちに来たみたいだったね。何かあったの?」
「だ、だって……。兄さますぐ何処かに行っちゃうから、見つけたら早く言わないとって思って……」
「あー……。そうか、そうだね。ごめん」
言いづらそうにしながらも言葉を紡ぐ彼女は、本で口を隠してしまう。両手で大切そうに抱えているそれを見ると、僕の心に抜けない針が刺さってしまったかのように、胸が痛むのが分かる。目的はきっと、本を返すことでも借りることでもないのだろう。
本は特別好きでも嫌いでもないが、サラの手にしているそれは、それだけは。見ているとどうしても腹が立ってしまう。そんな醜い感情を落ち着かせるように、僕はサラとの距離を詰めながら言葉を吐いた。
「サラのお願いだったら、僕はなんでも聞いてあげるから」
彼女に笑顔を向けながら、静かに、淡々と。
「だから、いつでも僕を捕まえにおいで?」
少し驚いたように見せながらも、嬉しそうに笑みを溢したと同時に、ふわりと髪の毛が舞う。彼女の愛らしい笑顔を見るだけで、僕は救われてしまうのだ。
「は、はいっ。あ……でもなんでもはちょっと……」
「ふふ、分かっているよ」
他愛のないいつもの会話。それが僕にとっては、どれほど幸せな事実であるのかという事を、きっと彼女は知らないだろう。
ああどうか。何てことない、この日常が終わらないようにと願いながらも、早く誰かがこの茶番を終わらせてはくれないだろうかとも思ってしまっている自分がいる。そんな壊れた矛盾が、いつしか酷く心地よく感じてしまっていた。