36話:ニセモノは口を割らない

 視線が怖い。そう相谷くんに言われてしまうほど、どうやらオレは相谷くんのことをじっと見つめてしまっていたらしい。おまけに、宇栄原先輩にも小言を言われてしまう始末だった(何を言われたかは余り覚えていないが)。
 あれ以来、相谷 光莉と名乗る人物が居るであろう道路に行くことはなかった。出来ることなら記憶違いであって欲しいと思っているのだが――その気持ちが、自分の思っているよりも漏れ出てしまっていたようだ。相谷くんを見れば見るほど、やはり姉弟であるのではないかという気がしてならないが、かといってそれを突き止めるほどの気概はなかった。
 姉弟がいるのかどうかくらいはただの日常会話かもしれないが、事実だとするなら余り簡単に触れていいことではないということは分かっているし、馬鹿なフリをして聞くなんてことは出来なかった。

 暇を持て余したオレは、自分は何も関係ないといったように本に視線を巡らせている神崎先輩に目をつけた。わざとらしくテーブルに突っ伏し、分かっているであろうにこちらを見ようともしない神崎先輩を、今度はじっと見続けていた。

「……先輩先輩」しびれを切らしたオレは、神崎先輩に声をかけた。
「なんだよ」

 ぶっきらぼうな返事を返しながらも、先輩はこちらを見ることはしない。しかし、今度はオレかよ……と言いたげな顔をしているということだけはよく分かった。話しかけて欲しくないのなら、わざわざ図書室に来なければいいのに、この人もよく分からない人である。

「宇栄原先輩ってお花屋さんなんですよね? どこにあるんですか?」
「なんで俺に聞くんだよ……。目の前にいるんだから直接聞けばいいだろ」

 オレが唐突に宇栄原先輩のことを聞いたのには、当然理由がある。単に口が寂しくなったからではない。
 先輩の家が花屋であるというのは一体いつ知ったのだったか、既にオレの知識として頭の中にあった。近いうちに聞こうかどうするか迷っていたところだったから、ある意味ではちょうど良かったのかもしれないが、ある意味では都合が悪かったと捉えることも出来るだろう。
 オレのことは置いておくとして、幽霊のことはやっぱり視える人に話を聞いたほうがいいと思ったのがひとつ。
 そして、やっぱり学校内でそういう話は余りするべきではないと思ったのが理由だ。

「えぇー、聞いても教えてくれなさそうじゃないですか」オレは宇栄原先輩のことを視界に入れた。当の先輩は、オレのことなんか見えていないかのように、隣にいる相谷くんの相手をしていた。
「……そんなことも無いと思うけど」
「ホントですかぁ?」

 この中で誰よりも態度が悪いであろう、相変わらず机に突っ伏したままのオレは、二人のことをじっと眺めていた。確か、相谷くんが先輩に勉強を教えてもらっているとかいないとかそんな感じだったから、一応、これでも余り邪魔にならないようにしていたのだが……。

「この辺りはこんなところだけど、なにか質問――」
「はいはい! 質問です!」

 宇栄原先輩が質問と謳ったタイミングで、オレは思いっきり身体を起こし自己主張をした。相谷くんがかなりビビっていたことだけは申し訳なくなったが(ついでに神崎先輩もビビっていたが)、先輩はちらりとオレのことを見るだけでそれ以上はどうとも動かなかった。

「先輩のお花屋さんってどこにあるんですか」
「……質問ある?」
「あ、えーっと……わかり易すぎて質問は何にもないです……」
「そう? ならよかった」宇栄原先輩にそう問われた相谷くんが、なんとも気まずそうに返答した。
「無視されてオレは傷つきました」
「ああ、そう……」

 神崎先輩はもはや話を聞く気がなく、オレはあからさまに不貞腐れた。全く、皆してオレのことを雑に扱いすぎである(日頃の行いが悪いからと言われたら余り否定は出来ない)。

「……そこまでして聞きたい理由は?」あからさまな態度を取っていると、先輩は痺れを切らしたのか自ら理由を聞き出そうとした。
「理由?」

 聞く耳なんて持っていないとばかり思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。どうして花屋の場所を知りたいのか、という疑問は理解できる。家を教えろと言っているのとそう大差はないのだから、理由もなしに教えるのは当然気も引けるだろう。オレだって、逆の立場だったら余り乗り気ではないであろうことは明白だ。

「ここじゃあ言えないですねぇ」しかし、自分で花屋の所在地を聞いておきながら、その理由を問われてしまうとかなり困るというのが実情だった。
「あ、そう」

 ここでは言えない、というのはある意味では正しく、ある意味では間違っている。――いや、もしかすると、本当は心の奥底では先輩が断ってくればいいだなんて思っていたのかも知れない。
 先輩は、腑に落ちないといった様子で黙り込んだ。何かを考えているのか、それとも本当に呆れてしまって何も考えていないのかはオレにはよく分からなかったが、その後すぐに手持ちのメモ帳を取り出し、適当なページに何かを走り書きしていた。

「これで迷ってもおれは責任とらないけど」

 メモ帳から切り離された紙切れを、先輩は斜め前にいるオレの近くに身を乗り出して置いた。
 手の届く範囲に置かれたそれを手に取って見ると、どうやらそれは、学校からどこかにたどり着くまでの地図のようだった。この話の流れからして――恐らくそう、宇栄原先輩の家に行くまでの道のりだった。

「先輩は天才だ……」

 思わず漏れた言葉に、隣にいた神崎先輩が覗き込むようにしてオレの持っている手元の紙を視界に入れた。

「よくすぐに自分の家までの地図書けるな……」どうやら本当に、この地図が本当に先輩の家まで連れて行ってくれる魔法の紙のようである。
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