35話:ニセモノの危惧

 相谷くんとの会話は、基本的にはオレが喋っているだけで正直なところ会話というにはほど遠かった(神崎先輩とも概ねそんな感じだったが)。
 最初は話なんて全く聞いていないのでは無いかと思ったりもしたが、どうやらそういうことではなく、寧ろ聞き過ぎていて話の端にあるどうでもいいことを拾ってくるような、なんとも不思議なテンポにオレは感じた。
 本当に余り会話をしたくないのならオレに適当に喋らせておけば良いのだから、恐らく話すのが嫌とかそういう極端なことではないのだろう。……そう信じたいところだが、本当のところは流石に分からない。
 帰り道で走っているのは、オレ一人だけだった。といっても、急がないといけないほどの用事というものがあるわけでもないのだが、バイトがあるお陰で心なしか先急いでいる自覚はあった。普段余り通らない道であるからか、少しそわそわもしていた。わざわざいつもとは違う道を通ったのには理由があるわけではないが、思い出したことならある。

(そういえば幽霊居たんだったな……)

 少し遠くの方にひとりの女性が立っているのが分かると、走る速さが少しずつ遅くなった。以前、朝早くにこの道を通った時にもいた幽霊である。あの時は帰りにここを通るのをすっかり忘れていたし、正直、もう一度それを視るまでは思い出すに至らなかった。
一体何を眺めているのか、まるで幽霊が視えるオレでも視えない何かを眺めているような、そんな様子だった。
 何となく、余り近づいてはいけない人物なのではないかという気がしてならなかったが、そう思った時には既に遅く、視線がぶつかってしまったのが分かった。

「――こんにちは」

 明らかにオレを認識したうえで声をかけられ、オレは息をするのを少しの時間忘れていたように思う。警戒していることを悟られないように、なるべくいつもの調子で声をかけた。

「オレが視えるってこと、分かるの?」
「だって、この前も私の方ずっと見てたでしょ? それに幽霊はね、どの人間が私たちのことを視えているのかを試そうとするの。気付いて欲しいのよ、みんな」だから気を付けてねと、笑いを含ませてながら女性は続けて言った。もしかするとオレは、知らない間に試されていたのかもしれないと思うと、尚更通らなければよかったかもしれないという気持ちに晒された。

「その制服……私と同じ学校ね。頭いいんだ」

 そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、女性は勝手に話を進めた。女性は制服では無かったが、どうやら同じ学校の生徒だったらしい。それにしても、簡単に手に入るであろう個人情報を全く知らない人物に指摘されるというのは、余り良い気分では無かった。

「……それ、いつの話?」
「私がいつ死んだのかって意味? そうね――確か、そろそろ四年が経つんだったかな。まあでも、どうでもいいじゃない、そんなこと」

 どうやらこの人物が亡くなったのは、比較的最近のことのらしい。しかし、そのことにはどうやら余り触れられたくはないようで、話はすぐに別の方向へと進んだ。

「あ、そういえば……私の弟は結局どこの高校行ったんだろう」

 聞いてもいないのに、女性は勝手に個人情報ばかりを口にした。そんなことを言われてもオレは全く興味がないのだが、どうやら相当人恋しかったようだ。こう言ってしまってはなんだが、幽霊と喋るというのは相当面倒くさいものであるというのを、久し振りに実感したような気がした。

「弟?」仕方なく、オレは話を聞くことになってしまった。
「うん。私と歳が三つ離れていて……もう高校一年生になったんだったかな? あの時よりも大人になったのかなって、ずっと気になってるんだけど」

 そう言うと、女性は改めてオレの来ている制服を下から舐めるように経由し、オレの顔を視界に入れた。

「君は知ってる? 私の弟」

 こんなところに数年もいるということは、恐らく何かの執念が残っているのだろう。そしてその理由が、その弟であるというところまではすぐに検討がついた。
 その弟という人物に、自分が既に会っている可能性があるという事実に僅かながら口が震えたような気がしたが、気にし過ぎていただけに違いない。

「……お姉さん、名前は?」

 この後に及んでまだ相手のことを全く知らないオレは、率直に相手の女性の名前を尋ねた。もしこの質問をして、オレが後悔するような返答が返ってくるとするなら――オレは果たして、冷静でいることが出来るだろうか?

「私? 相谷 光莉っていうの」

 自身を相谷 光莉と名乗る人物は、オレが何か反応を示すよりも前に更に口を開いた。――もしかすると、オレが気付いていないだけで何かしらの反応をしてしまっていたのかも知れない。

「弟、もし見つけたら私に教えてね」

 その卑しい笑みにオレは思わずどきりとしたが、この感覚がなんだったのかは、正直自分でもよく分からなかった。
3/3ページ
スキ!