36話:ニセモノは口を割らない

「わあ、地図通りだ」

 二日後の土曜日のことである。今日の天気は快晴とまではいかないものの、外を出歩くにはちょうど良い春の陽気だった。一枚の紙切れを手に、オレは普段は歩かない道を歩いていた。

「ここか……」

 決して疑っていたわけではなかったのだが、先輩が示した最終地点には花屋が一店佇んでいた。街の花屋というのが正しいのかは分からないが、余り大きくはない店構えがそれを彷彿とさせていた。
 店頭には、花の知識の無いオレにとっては余り見たことのないものばかりが並んでいた。神崎先輩だったら、ここにある全ての花の名前と共に豆知識なんかを教えてくれたりするのだろうか? それもいつもの先輩を見ている限りではおかしな話だが、どちらかと言うと今はそういう気分ではなかった。

「ホントに居るのかな……」
「居るよ」

 突然聞き覚えのある声が耳に入り、思わず肩が動いた。姿の見えない主の声を頼りに、オレは店の中に顔を入れた。すると、深い緑のエプロンをしている、学校では到底見たことのない姿をした宇栄原先輩がいた。
 どうやら先輩が花屋の息子というのは本当だったらしく、もう既に何度も会っている人物のはずなのに、息が出来なくなるほどに心臓の動きが速くなるのを感じた。

「いつ来るのかくらい聞いておけばよかったな」先輩は小さく息を吐きながら、手に持っていた造花の花の束と一緒にレジカウンターへと向かった。少し躊躇ったが、オレはようやく花屋へと足を踏み入れた。
「もしかして、ずっと待ってました?」
「君が来た時におれが居ないんじゃ意味ないでしょ」
「口調とは裏腹に優しい……」
「それ褒めてないよね?」

 少し難しい顔をしながら、先輩はこちらに向き直した。

「で、本当は何しに来たの?」

 そんなことを聞かれ、思考が止まったのを感じた。そりゃあ、急に先輩の花屋に行きたいなどと言い出したらそんな疑問も当然湧くに決まっている。

「うーん」

 でもこの時、こんな直球で聞いてくるなんて思わなかったから。

「花を見に来たんですよ、オレ」

 この期に及んで、オレはそんなことを言ってしまうのである。
 自分にほとほと呆れてしまう状況であるに違いなかったが、先輩は数秒キョトンとするだけですぐにいつもの調子に戻った。……戻ったというか、何故か少し笑っていた。一体どこに笑う要素があったのか、分からないふりをしたいくらいだったが、それももう手遅れである。

「橋下君ってさ、案外嘘が下手だよね、いや、うん。まあいいや」

 こういう時、余り深く突っ込んでこない先輩に助けられているという自覚はありつつも。

「見るくらいはしていったら?」

 どうせだったら無理やりにでも聞いてくれればいいのにと、そんな理不尽なことを考えている、ただのひやかしかもしれない客人に、先輩はこれまでにないくらいに優しく振る舞った。
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