23話:ヒミツの容認

 高校入学というのは、思いのほかあっけなかった。同じ学校から来たらしい人や、見たことのある気がする人は見かけたものの、だからといって話すということにはならなかったし、それこそクラスには特別知り合いという知り合いはいなかった。というよりも、それどころではなかったというのが本当のところなのかもしれない。

『あいつ、二ヶ月前に起きた事件の容疑者だったらしいよ』

 僕が入学して早々の話だ。そんな声が聞こえてきたのは、存外すぐのことだった。僕は見ていないから知らないのだが、大方ニュースにでもなっており名前を知っていた人が中にいたのだろう。それか、最初から僕のことを知っている中学の同級生が触れ回っているかのどちらかだろうが、そんなことを今更言及するのは非常に馬鹿らしいというものだ。

『両親は刺殺されたんだって』
『犯人まだ見つかってないんだとか』
『おい、誰か話しかけてこいよ』

 わざと聞こえるように言っているのか、それとも本当に聞こえていないと思っているのか、しかしそれらの言葉は、驚くほど鮮明に耳に入った。案外と僕のほうが心の声が聞こえてしまう力に目覚めてしまったのかも知れないが、別にそんなことは無いのだろう。特別言及しない僕も僕なのだろうが、そこまでして止めさせたいとも思っていない。逆効果になる可能性だってあるし、ただの噂に振り回されるような人に声なんてかけたくないというものだ。
 暇な学校生活の中でのそれは、どうやら色恋沙汰よりも深く人の興味を引くものだったらしく、クラスではすぐに噂が広まった。クラス以外の見知らぬ人が僕を視界に入れている時間が長く見えてしまうのは、少なくとも一年生の間では共通認識として既に定着しつつあるというのがあったのかもしれない。
 だが、それに関しては特別どうとも思わなかった。僕だって第三者として考えた時、その場に居たら少なからずその人物のことを見るくらいはするのではないかという思いを、声を大にして否定することが出来ないからだ。

 ――あいつが犯人の可能性もあるんじゃないか?

 しかし、やはり犯人扱いをされるというのはいい気はしない。最も、本当に僕が犯人だったのならもっと違う感情が湧いていたのかも知れないが。
 噂というのは面白いもので、簡単に話が曲解し簡単にそれが蔓延し、人々は簡単にそれを信じていく。根拠のない週刊誌のゴシップ記事に群がっている暇人ばかりのようで酷く滑稽だったが、それが集団化すると余計に厄介に感じた。勿論全員がこぞってそんな話ばかりをしているというわけではないけれど、授業が始まるまでそれらが止まることはなかった。
 聞いていないフリをするのは簡単だったけれど、止まることのないそれには流石にうんざりしていた。いつかは止むと分かってはいるものの、そのいつかを待てるほど僕もお人よしではない。
 用意周到とでもいったところか、上着のポケットに手を入れるととあるものの感触が走った。自分の気を紛らわすには、一旦何もかもを遮断するしかない。深い青色をした音楽プレイヤーと、それに巻き付けられたイヤホンはすっかり見慣れてしまった。
 ……これを買ってくれたのは、今は何処にもいない家族ではなかった。伯父さんとおばさんが、僕に内緒で入学祝いとして買ってくれていたのである。それが、僕にとって唯一知っている良心のような気がして、思わず手に力が入る。
 巻き付けられたそれを一度外し、右側面にある電源をスライドさせる。すると、朝来るときに聞いていた曲が表示された。中途半間なところで止まっているシークバーを見て、僕はすぐに曲を巻き戻す。違う曲を聴くという選択肢も当然あったのだが、どちらかというと今はこれを聴きたい気分だった。
 しかし、こういう環境において壮絶ないじめ人生が始まらなかったなと寧ろ感心してしまう。こればっかりはただの運でしかないのだろうが、状況から見るに幸いだと言っていいのだろう。最も、決して褒められたことではないが。
 それにしても、この休み時間という十分の限られた短い時間は、僕にとってはとてもつまらないものに感じた。そう思うのが早いか否か、すぐさまイヤホンで外の害音を遮断した。それだけで、ほんの僅かにだが救われた気持ちになったのである。
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