23話:ヒミツの容認
到底口には出来ないが、どうしてあの時死ななかったのかと、そう思った。
果たして運がいいのか悪いのか、僕が死ぬという事態は起こることはなく、殺されかけてただただ苦しい思いをしただけだった。病院に運ばれてからは早いもので、治療が施されている間は僕がどう思っているのかなんて関係なく時が経過していく。全く無駄な時間だと息を吐くほかなかった。
そう思っていたにも関わらず、こうして今ごく当たり前に高校生活を送ろうとしている。それが滑稽に思えて仕方がなかった。もうあんな思いは御免だと思う反面、やはり心の折り合いを簡単につけるのは難しい。そのうえ学校でもこうなのだから、気持ちのやり場が何処にもなかったのである。
伯父さんとおばさんが「胸を張って行っておいで」と行ってくれたのに、これから先そう簡単に死んではいけない。実の息子でもないのにあそこまでされてしまったら、もう少し息をする努力をしないといけない。そう思った。
『――何してるの?』
それでも僕は……。
『ねえ、そんなところに居たら危ないよ?』
僕はどうしても、誰かに助けを乞うこともなく消えてしまいたくて仕方がなかったのだ。
『雲ひとつ無い空だったから、もう少し近くで見てみようかなって。……そう思っただけですよ』
……あの時、僕は別に本当に死んでやろうだなんて思っていなかったのだと思う。
確かに僕は、あの時授業をサボってまで屋上に行き、一体どうやってやったのか柵を乗り越え、ご丁寧に上履きまで脱いだ。そして、柵から手を離して一歩踏み出せば、いわゆる飛び降り自殺というものが出来上がる状況を作ったのである。それでも死ぬ気がなかっただなんて、詭弁だろうと言われるかもしれない、しかし、やっぱり違うと思うのだ。
そうでなければ、今もこうしてのうのうと生きているわけがないのだから。
「お、相谷くんみっけ」
無理矢理引きずり戻された現実の先には、もうすっかり聞き覚えがあると思ってしまうとある人物の姿があった。辺りは、いつにも増して騒がしい。
「いやぁ、見つけられないままお昼休み終わっちゃうかと思ったよ」
「な、なんで見つけてくるんですか……」
「なんでって言われても」
図々しくも向かいの席に座った橋下さんは、教室のものとは違う長机の上に適当にコンビニの袋を放った。
隣の通路を通りすぎる学生を視界に入れながらも、橋下さんの口は止まることがなかった。
「オレ、学食って食べたことないんだよねぇ。いや、一回くらいはあったかな……」
今僕と橋下さんがいるこの場所は、教室ではなく学校内の学食だ。お昼休みというだけあって当然だが人が多く、人の声がかなりあちこちから聞こえてくるのが分かる。
人が多いというだけでも疲れるからこういうところには極力行かないようにしたいものだが、今回ばかりは事情が違った。
「折角来たのに二人して学食じゃないってのも、中々に面白いね」
「僕は全然面白くないです……」
折角こうして逃げてきたというのに思っていたよりも人が多いし、しかも見つかりたくなかった人に見つかってしまったのだから、これでは全くと言っていいほど意味がない。
既に開かれた僕のお弁当箱とは裏腹に、橋下さんはコンビニの袋の中を漁っていく。ガサガサという音は、周りから聞こえてくる声と合わさってより一層大きく耳に入ってくるような気がした。
「玉子焼き、美味しくできた?」
僕の持った箸が玉子焼きへと向かうと、何故かそんな質問を投げかけてきた。……もしかしたら、この前みたいに人の玉子焼きを奪っては文句を言ってくるのかも知れない。そう思うと、僕は自然とお弁当を少し自分の身に寄せてしまっていた。
「……また狙うんですか?」
「イヤだなぁ、そんなことしないって」
そう口にしながらも、目ではお弁当の中身を物色しているように見える。それが僕の気のせいだったら良かったのだが、どうやらそうせいではなかったらしい。
「どっちかって言うとウインナーの方が欲しいっていうか」
まじまじとウインナーを見つめる姿を見るに、その言葉は嘘ではないようだ。教室の机を二人で使うより距離はあるものの、身を乗り出せば比較的簡単に届くだろう。
……変な争いは、極力したくないというものだ。
「どうぞ……」
「すっごい嫌そう」
恐らくはかなり顔に出ていたのだろうが、だからといって別に撤回はしない。お弁当を僅かに橋下さんの元に寄せると、オレ遠慮しないよ? と言いながら手を伸ばした。
この人が遠慮をしたところを見たことがないのだが、もう余り気にしないことにしようと思う。どちらかと言うと、諦めに近かったのだろう。
「ウインナーだけでご飯進むよねぇ」
そう言いながら右手に持たれたメロンパンの封を開ける様に、僕は僅かに息を漏らしながらも玉子焼きを口に入れた。
「メロンパンいる?」
「け、結構です……」
今日の玉子焼きはおばさんが作ってくれた美味しくないだなんていうことはあり得ないのに。そう言いそうになったのを、僕は必死に堪えながらひたすらに咀嚼した。
果たして運がいいのか悪いのか、僕が死ぬという事態は起こることはなく、殺されかけてただただ苦しい思いをしただけだった。病院に運ばれてからは早いもので、治療が施されている間は僕がどう思っているのかなんて関係なく時が経過していく。全く無駄な時間だと息を吐くほかなかった。
そう思っていたにも関わらず、こうして今ごく当たり前に高校生活を送ろうとしている。それが滑稽に思えて仕方がなかった。もうあんな思いは御免だと思う反面、やはり心の折り合いを簡単につけるのは難しい。そのうえ学校でもこうなのだから、気持ちのやり場が何処にもなかったのである。
伯父さんとおばさんが「胸を張って行っておいで」と行ってくれたのに、これから先そう簡単に死んではいけない。実の息子でもないのにあそこまでされてしまったら、もう少し息をする努力をしないといけない。そう思った。
『――何してるの?』
それでも僕は……。
『ねえ、そんなところに居たら危ないよ?』
僕はどうしても、誰かに助けを乞うこともなく消えてしまいたくて仕方がなかったのだ。
『雲ひとつ無い空だったから、もう少し近くで見てみようかなって。……そう思っただけですよ』
……あの時、僕は別に本当に死んでやろうだなんて思っていなかったのだと思う。
確かに僕は、あの時授業をサボってまで屋上に行き、一体どうやってやったのか柵を乗り越え、ご丁寧に上履きまで脱いだ。そして、柵から手を離して一歩踏み出せば、いわゆる飛び降り自殺というものが出来上がる状況を作ったのである。それでも死ぬ気がなかっただなんて、詭弁だろうと言われるかもしれない、しかし、やっぱり違うと思うのだ。
そうでなければ、今もこうしてのうのうと生きているわけがないのだから。
「お、相谷くんみっけ」
無理矢理引きずり戻された現実の先には、もうすっかり聞き覚えがあると思ってしまうとある人物の姿があった。辺りは、いつにも増して騒がしい。
「いやぁ、見つけられないままお昼休み終わっちゃうかと思ったよ」
「な、なんで見つけてくるんですか……」
「なんでって言われても」
図々しくも向かいの席に座った橋下さんは、教室のものとは違う長机の上に適当にコンビニの袋を放った。
隣の通路を通りすぎる学生を視界に入れながらも、橋下さんの口は止まることがなかった。
「オレ、学食って食べたことないんだよねぇ。いや、一回くらいはあったかな……」
今僕と橋下さんがいるこの場所は、教室ではなく学校内の学食だ。お昼休みというだけあって当然だが人が多く、人の声がかなりあちこちから聞こえてくるのが分かる。
人が多いというだけでも疲れるからこういうところには極力行かないようにしたいものだが、今回ばかりは事情が違った。
「折角来たのに二人して学食じゃないってのも、中々に面白いね」
「僕は全然面白くないです……」
折角こうして逃げてきたというのに思っていたよりも人が多いし、しかも見つかりたくなかった人に見つかってしまったのだから、これでは全くと言っていいほど意味がない。
既に開かれた僕のお弁当箱とは裏腹に、橋下さんはコンビニの袋の中を漁っていく。ガサガサという音は、周りから聞こえてくる声と合わさってより一層大きく耳に入ってくるような気がした。
「玉子焼き、美味しくできた?」
僕の持った箸が玉子焼きへと向かうと、何故かそんな質問を投げかけてきた。……もしかしたら、この前みたいに人の玉子焼きを奪っては文句を言ってくるのかも知れない。そう思うと、僕は自然とお弁当を少し自分の身に寄せてしまっていた。
「……また狙うんですか?」
「イヤだなぁ、そんなことしないって」
そう口にしながらも、目ではお弁当の中身を物色しているように見える。それが僕の気のせいだったら良かったのだが、どうやらそうせいではなかったらしい。
「どっちかって言うとウインナーの方が欲しいっていうか」
まじまじとウインナーを見つめる姿を見るに、その言葉は嘘ではないようだ。教室の机を二人で使うより距離はあるものの、身を乗り出せば比較的簡単に届くだろう。
……変な争いは、極力したくないというものだ。
「どうぞ……」
「すっごい嫌そう」
恐らくはかなり顔に出ていたのだろうが、だからといって別に撤回はしない。お弁当を僅かに橋下さんの元に寄せると、オレ遠慮しないよ? と言いながら手を伸ばした。
この人が遠慮をしたところを見たことがないのだが、もう余り気にしないことにしようと思う。どちらかと言うと、諦めに近かったのだろう。
「ウインナーだけでご飯進むよねぇ」
そう言いながら右手に持たれたメロンパンの封を開ける様に、僕は僅かに息を漏らしながらも玉子焼きを口に入れた。
「メロンパンいる?」
「け、結構です……」
今日の玉子焼きはおばさんが作ってくれた美味しくないだなんていうことはあり得ないのに。そう言いそうになったのを、僕は必死に堪えながらひたすらに咀嚼した。