22話:ヒミツはない

「ようやくね、落ち着いたよ」

 病室に響く伯父さんの声は、いつかに聞いた時よりもかなり疲れていたようだった。
 今日は日曜日だからなのか、伯父さんは朝から病室を訪れてくれていた。事件があったあの日から、父の兄である伯父さんとその妻であるおばさんが入れ替わりで毎日足を運んでくれていたらしい。それを知ったのは、僕の目が覚めて約二時間後のことだった。

「葬儀と……あと難しいことは全部やっておいたから。余り気にしなくて大丈夫さ」
「あ、ありがとうございます……」

 横になりながらの感謝というのは案の定酷くやりづからったが、伯父さんは良くも悪くも笑みを見せてくれた。余り詳しいことは聞かなかったし教えてはくれなかったが、僕がこの病院に運ばれて目が覚め、そして病室で何をするでもなく療養している間、恐らくかなり大変だったのだろうというのは容易に察しがついた。
 一体どこで買ってきてくれたのか、既に花瓶に刺さっている花と花の間に、隙間を埋めるようにして一本ずつ新しい花を入れていく。

「中学校にも行って色々聞いてきたよ。あそこの私立高校に行くんだろう? もう受かってるんだし、あんまり気にしないで休んだらいいよ」
「う、うん……」

 果たしてそれが幸か不幸か、僕の高校受験は一応終わっていたのである。世間で言うところの滑り止め、つまり私立高校が第一志望だったお陰で、進路に関しては気にする必要がない。……などと簡単に言えればいいのだけれど、それは少し勝手が良すぎるというものだろう。

「お、伯父さん……」
「ん?」

 どうとも言えない不安がせり上がってくるのが嫌になるほど分かる。それを早く言ってしまいたいのに、口に出すのにはどうしても胆力が必要だった。

「その……」

 思い僅かに躊躇していると、誰かが病室の扉をノックする音が耳を通る。一変、ガラリと乱雑な音と共に、見覚えのある人物が視界に入った。

「ああ、刑事さん。どうも」
「少しだけ、いいですか?」

 伯父さんが承諾すると、村田さんはゆっくりと足を踏み入れた。僅かに床の擦れる音とどうにもいじらしく、無理矢理時間を認識させてくるかのようだ。思わずそっぽを向いてしまいそうになったのを必死に抑え、村田さんが一体なんの用事があってここに来たのか、話し始めるのをただただ待った。
 僕と伯父さんの視線が集まったからか、村田さんは少しやりにくそうだったが、それは僅か数秒のことに過ぎなかった。

「――我々警察は、光希君が犯人だという可能性は限りなく低いという結論に至りました」

 その言葉は、やけにすんなりと耳に入っていく。

「なのでその……それが覆らない限り、警察がこれ以上光希君を取り調べるということはありません」

 村田さんの言葉が切れると、真剣な顔て話を聞いていた伯父さんは、ようやく安堵の息を落としたような気がした。きっと、これを聞くよりも前に似たような説明はあったのだろうけど、断言されたことでより決定的になったのかもしれない。
 一体何がどうなってそういう結論に至ったのか、もしかすると聞けば答えてはくれたのかも知れないが、僕も伯父さんもそれ以上何かを聞くことはしなかった。一先ずは、覆るような何かが起きない限り警察からは犯人扱いされることが無いらしい。最も、そんなことがあっては困るのだが。

「えっと……」

 どうやら話はこれで終わりというわけではないようで、村田さんは更に話を続けた。

「光希君と、少し話をしてもいいですか?」

 その言葉と同時に僕のことを見つめる村田さんに、僕は思わず固まってしまった。決して威圧的なそれではなかったのだが、名指しで声をかけられてしまうと逃げられないという思いが、僕の身体を硬直させたのである。
 どうやら判断は伯父さんではなく僕に委ねられているらしく、伯父さんは少し心配そうな顔をして僕の方を見た。何かしらアクションを起こさなければと、小さな返事と首の動きだけて意思表示をした。

「私は外に居ますから、終わったら呼んでくださいね」

 すると伯父さんは、すぐに優しい笑みに切り替えそれだけ言って部屋から出ていってしまう。気を利かせてくれたのだろうが、それが余計、僕の緊張を助長させた。
 ガラ……と、スライドした扉が戻っていく音が聞こえると、辺りは途端に静かになったような気がした。

「……あの時は中学生になったばかりだったのに、もう高校生になるんだよね」

 その中で、村田さんは比較的小さな声を落としていく。

「結局何も出来なくて、ごめん」

 村田さんの目は、僕の顔とベットに覆いかぶさっている布団を行ったり 来たりしていた。ふたりきりになったというのに、さっきに比べて村田さんは少し落ち着きがなかった。

「べ、別に村田さんに謝ってもらうことじゃ……」
「でも、防げなかったっていうことはそういうことだろう?」

 僕の言葉を制止して、村田さんは畳みかけるようにして自分をせめた。村田さんに誤ってもらうようなことは本当に何もないのだが、どういうわけかこの時ばかりはこの人は僕に謝罪をしたがった。

「あの……どうして僕が犯人じゃないっていう結論になったのか、聞いたら教えてくれますか?」

 憂いな表情を見ていられなくなった僕は、どうして警察が僕が犯人ではないという結論に至ったのかに焦点をあてた。すると、村田さんは少しだけ刑事の顔に戻っていった。

「……君の家の隣に住んでる人、家に入る前に会ったんだろう?」

 僕の方を見るわけでもなく、村田さんは言葉を続けていく。
 そういえば、僕が家に着いた時隣のおばさんが携帯電話を持ちながらかなり忙しなく僕に話しかけてきたのを思い出した。確かに「大きな音がするから、もしかしたら変質者かもしれない」というような類のことを言っていたような気がするが、僕はその言葉には余り目もくれず「取りあえず入ってみます」とだけ言って家に足を踏み入れたのだ。単純に何かを落としただけかも知れないし、大きな怪我をして動けなくなっているなどという場合もあるだろう。
 変質者が自分の家にいるかもしれない。そんなことを言われても、自分の目で見ない限りすぐに信じるというのは難しい。

「もっと強く止めればよかったって、そう言ってた」

 結果、それは変質者などというものでは到底無かったのだが、どちらにしても隣のおばさんの話をもう少しちゃんと聞いていたらこうはならなかったのかもしれない。そう思うと、おばさんには申し訳ないことをしてしまった。次に会うことがあったら、一言でもいいから挨拶はしておかなければならないだろう。

「それと……光希君とお父さんの返り血がね、恭子さんの手と服についてたのが一番の理由かな。ああ勿論、光希君の話を聞いたうえでね」

 話を聞くところによると、警察が家に辿りついてリビングにまで突入する寸前、誰かが倒れるような音と、刃物のような金属が鈍く落ちる音がしたのだそうだ。その音を聞いて慌ててリビングへ向かうと、僕と父とは少し離れた場所で母が倒れており、母の近くに刃物が転がり落ちていたらしい。
 その辺りのことは僕は何も覚えていないが、父は既に死亡していたそうで、母はまだ辛うじて息があったらしいが、病院に搬送される途中で息を引き取ったのだそうだ。
 結果、どういうわけか僕だけが生き残ったということになるのだが、これでよく犯人扱いされずに済んだなと心底安心している。まるで誰かにお膳立てされているかのようで、少々不気味さすらも感じてしまうほどだ。それくらい、いわゆる状況証拠というものが揃っていたということなのだろうか?

「……相谷君、高校は決まってるんだっけ?」
「い、一応決まってはいるんですけど……」

 話が丁度切れたタイミングで、村田さんは事件の話を切り上げた。村田さんの問いに、僕は答えを言うことをしり込みしてしまう。これについては、正しくその話を伯父さんにしようと思っていたところっだったのである。

「私立に行くつもりで受験したので、どうしようかなって……」

 果たしてこれで伝わるのかどうなのか、僕は適当に言葉を濁して村田さんに伝えた。この私立高校に行くというのは、両親がいたから出来たことであって、その両親が二人同時に居なくなってしまったのだから、そう簡単に私立高校に行きますというのは虫が良すぎると思うのだ。勿論それが公立高校だったとしても似たような気持にはなっていただろう。

「……伯父さんには相談した?」
「僕が言っても、気にしなくていいって言われませんかね……?」
「まあ……うん。言われるんじゃないかな」

 村田さんは、苦笑いをしながら言葉を続けた。恐らくはここ数週間しか会っていないだろうにそう云いきられるということは、もしかしたらぼくの知らないところで相当尽力してくれていたのだろうか?

「でも、気になるならちゃんと話し合いはした方がいいと俺は思うよ」

 だとしたら、尚更伯父さんとおばさんには頭が上がらない。

「伯父さんと……あと奥さんにも会ったけど、相谷君のことちゃんと考えくれる人たちだと思うし。……ああいや、別に君のご両親がどうってわけじゃないんだけど……」

 誰もそんなことは言っていないのに、途中から変に取り繕う村田さんを見て、僕はなんだか現実を突きつけられたような気がしてならない。しかし僕は、それでも別に構わなかった。

「……実際、あってると思います」

 その言葉は、驚くほどするりと口から出ていく。今まではまるで別人ではないかと思われるのではないかと感じてしまうくらいに、流暢だったのだ。

「きっと、遅かれ早かれこうなってましたよ」

 適当な笑みを浮かべながらそうやって口にすると、村田さんは今までとはまた違う表情をした。今までとは違って、一体なんて声をかけたらいいのかと思っている顔だったのかも知れない。少しだけ、沈黙が蔓延ったのだ。こんなこと、誰に言ったって似たような顔をされるだろうし、誰に言ったって困惑するだろう。自暴自棄ぎみの、少し面倒臭い言葉だっただろうかと後悔したのもつかの間。

「そういえば、村田さんって事件とか担当してる人でしたっけ……?」

 あからさまに話をそらす体で、僕は村田さんにひとつの質問を投げた。確かに村田さんは警察の人だけど、こういった類いの事件を担当してただろうかと、ずっと思っていたのである。

「そ、そうだ。まだその話はしてなかったね」

 何かを取り繕うように、村田さんは自身のあらゆるポケットに手を出し入れし始めた。

「俺、交通課から刑事課に異動になったから今回の件の担当になったんだけど……」

 そう言って差し出してきたのは、1枚の名刺だった。僕からすれば少し分厚いだけの紙切れを、この時ばかりはまじまじと見つめてしまう。村田さんの名刺はいつだったかに貰っていたような気がするが、その時の名刺には確かに交通課と書かれていたのを思い出した。

(刑事課……)

 交通課という言葉も大概だが、耳馴染みの薄い言葉を僕は心の中で反復する。

「……交通課から刑事課に異動って、そういうことあるんですね」
「異動は結構多いんだよね。俺は交通課に戻りたいなぁって思ってるんだけど」

 警察の中のことはよく分からないが、僕が思っているよりも異動というのは多いのだろうか? どうやら村田さんは、刑事課よりも交通課のほうが良いらしい。これはあくまでも僕の主観に過ぎないが、確かに、村田さんが刑事課に所属していると言われても、僕からしてみれば正直ピンとは来ないのだ。

「でも僕……村田さんでよかったです」

 村田さんには悪いかも知れないが、顔の知れた人が担当でよかったと、そう思った。これが変に高圧的なおじさんとかだったら、僕は軒並み口を閉ざしてしまっていたかも知れない。そう思うと余計だった。
 僕の言葉をどう取ったのか、村田さんは少し困ったような、でもどこか嬉しそうに口角をあげたのを、僕はよく覚えている。
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