21話:ヒミツは歪む

 相谷君から話を聞いてから暫く、警察では簡単な会議が行われた。彼の証言を元に、改めて事件現場の写真や証拠品を並べ整合性を集めよったのだ。

「相谷くん、どうでした?」

 その会議はもうとっくに終わっており、少し暗がりの蛍光灯が羅列される会議室の中には、俺ともう一人の人間しかいない。本当に聞きたいのかと声に思わず言ってしまいそうになるのを抑え、どうにか言葉を捻出した。

「……元気だったよ、うん。前に会った時と同じだった」
「それ、元気って言うんですかね?」

 相谷君と会うのは、これが最初ではない。
 警察の見解は言わずもがな、相谷君の証言通りということで落ち着いた。落ち着いたというよりは、もとからそういう結論ではあったのだが、重要参考人として相谷君の話は聞いておかなければならなかったのである。こちらの見解とは違うことがあればそれだけでは済まなかっただろうか、俺自信、彼を追い詰めるようなことは余りしたくなかったというのが本音というのもあり、こういう形で収まったて良かったと思った。いや、良かったという言葉は適切ではないだろうか? 正確に言うのなら、相谷君が犯人という結論に至らなくてよかった。そういったところだろう。
 そうはいっても、これはあくまでも個人的な感情であるということは間違いない。新たな証言がこの後出ることがあるのなら、やるべきことはやらなければならないだろうが。
 もし仮に相谷君の証言がひっくり返るようなことがあったとしたらと考えたくなるのも分かるが、現に他の人物からも証言が取れている為、そうなる可能性はかなり低いだろう。

「それにしても、一緒に住んでるんだから相谷くんが帰ってくる時間なんて分かってたでしょうに、そのタイミングで夫を殺すとかどういう神経してるんですかね。そんな大喧嘩するようなことあります? しかも受験の時期とか、普通に考えてありえないですよね」
「普通に考えてありえないことが起きたからこんなことになってるんだろ。あと、警察の外でそんなこと言うなよな」
「俺だってそんな馬鹿じゃないですけど」
「ほんとかよ……」

 言葉の止まらない池内に、俺はもう少しで機嫌が悪くなってしまうところだった。真顔でなんてこと言うんだといいそうになったが、それを忖度なしに言えてしまうのが池内だし、俺に全くその感情がないかというと「そんなことはない」だなんて適当な嘘をつける自信は無いのである。
 本当に、夫を殺さなければならないほどの大喧嘩が発生しなければ、俺はきっと、相谷くんと会うことはなかったはずなのだから。

「……交通課のままだったら、こんなことしなくて済んだのにな」

 せめてこれが、警察と全く関係のない再会だったらどれほどよかったか。俺はそう思わざるを得なかった。

「でも、相谷くん的には村田さんで良かったんじゃないですか?」

 警察だなんて、本来は会わないほうが幸せであるということなんて、考えなくても明白だ。

「……なんでだ?」
「なんでって……だって、顔の知らない刑事に話聞かれるとか普通に嫌ですし。それが高圧的なおっさんだったらもっと嫌じゃないですか? 俺だったら悪態つきますね」

 池内の言わんとしていることは、当然分からなくはない。そりゃ俺だって、高圧的なおっさんに話しかけられるだなんていかなる場合でも御免である。
 しかし、端的にそうと結論付けられない理由が俺にはあった。

「別に、知り合いって程でもないしな……」

 それだけ言って、俺は池内を視界から外す。どうにも居心地が悪かったのだ。
 例え知り合いだったところで、結局警察に連絡が行くのは事後なのだから。
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