22話:ヒミツはない

「ほ、本当にいいんですか……?」
「勿論だよ。光希くんが気にすることじゃないさ」
「で、でも……」

 結局何が話したかったのかよく分からなかった村田さんとの話はもうすっかりと終わっており、僕は今、二人の知り合いと話をしている真っ最中である。

「気にしないで、私たちの家においで」

 そう言って僕に言葉を向ける伯父さんの笑顔は、止まることがなかった。僕の知ってる伯父さんの笑顔だったが、これにはどうもたじろいでしまう。
 特に面白味のない入院生活の中、僕のこれからの人生を左右させるといっても差し支えはないだろう話は既に何度か行われている。こういう場合、本来なら僕と両親との間に行われるべきなのだろうが、それはもう願ったところで叶わないのだからどうしようもない。伯父さんと、その妻であるおばさんが相手だった。
 村田さんと別れた後、入れ替わるようにしておばさんも病院に訪れたようで、瞬く間に病室は賑やかになった。せっかく伯父さんとおばさんが二人揃っているのだからと、今ちょうど、これからの進路についての話が行われているわけなのだが、切り出したのは僕からではなかった。

「あそこの私立高校、第一志望なんでしょう? 私たちの家からなら少しだけど近くなるし、うちの子たちはもう家出ていっちゃったから、そこまで気使う必要だってないし丁度いいじゃない?」

 おばさんは、こういう時でもよく喋る人だったのだ。すっかりおばさんのペースに持っていかれてしまい、伯父さんはそれを止めるでもなく乗ったっきりである。制服楽しみねぇと、既に僕がそこにいく体で言葉を口にしながら、何故か嬉しそうにしていた。
 進路の話なんて、本来はもう少しこの類いの話は余り乗り気ではないのだが、こうなってしまっては僕が変に考えすぎていただけのような気がしてしまう。いや、そんなことは当然ないのだが……。

「で、でも公立よりお金かかるし……」
「その歳でお金のことなんて考えなくていいのよぉ。それにこの人、いいところに勤めてるから結構お金持ってるのよ」
「そういう問題じゃないような気がする……」

 三人しかいない病室の中、おばさんは何故か途中から小声で僕に耳打ちをした。耳打ちといっても伯父さんには聞こえているだろうが、どちらにしても、おばさん相手に僕は全く歯が立たなかったのである。家族ではない人物から支援を受けざるを得ない奇特な状況下の中、気が引けるというのは仕方がないというよりはごくごく普通の感情であるはずなのに、どうにもそうじゃないような気がしてしまうのだ。
 いくら僕が二人の申し出を渋ったところで、公立受験は僕が死にかけている間に既に終わっている。と言いつつも、最後の最後で欠員補充はあるということを僕は知っていて、一応それを口にはしてみたが、どうやらそれは伯父さんとおばさん的に眼中にはないらしい。

「それに、あそこの特待生だなんて凄いことよ? 普通に頑張って出来ることじゃないもの」

 特待生なんて一度なってみたいものだわぁ。そう口にしたおばさんに、更に畳み掛けるようにして今度は伯父さんが口を開いた。

「胸を張って、行っておいで」

 僕の気持ちを汲んでということになるだろうが、この二人は僕に断る隙を与えてはくれなかった。入念なリハーサルをしていたと言われた方がしっくり来てしまうくらいに、僕はそれ以上何も言えなくなってしまったのである。

「う、うん……」

 どうやら僕は、この二人にはめっぽう弱いらしい。
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