35話:ニセモノの危惧

 相谷光希という人物は、想像通りと言ったら良いのか自分の話を余りしない人だった。オレのことはさも当然かのように信用していないようだったし、恐らくオレの話なんてまともに聞いていなかっただろう。最も、別に実のある話なんてひとつもしていなかったから、それくらいがちょうど良かったのかもしれないが。
 本当に屋上から飛び降りようとしていたのかは分からないが、オレが相谷君と別れた後そういう展開にはならなかったというところを見るに、もしかするとその気は余りなかったのかもしれない。それか、結果的にオレが引き留めたからそうなったということになるのだろう。それはそれで、恩着せがましくて好きではないのだが……。
 相谷くんと別れてからというもの、オレは普通に授業に参加した。「用があるから」といって相谷くんと別れたが、実際のところ平日のまだ授業があるような時間帯に用なんてあるわけがなかった。
 授業の途中に扉を開けたということもあり、クラス全員の注目を集めたが、そんなことはさして重要なことではなかった。先生には何か小言を言われたような気もしたが、それも別にどうだってよかった。

(明日また会えるかな……嫌な顔されそうだけど)

 授業に参加こそしていたが、今更授業の内容なんて聞く気もなかった。
 これはあくまでもオレの想像だが、なるべく人付き合いを避けたいという空気を彼から感じたし、次に会ったときには嫌な顔をされるに違いないだろうという確信があった。こんなことを言ったら怒られるだろうが、それはそれで少し見て見たい気もして、不謹慎だと怒られても文句は言えないだろうが、何となく面白くも感じた。
 相谷くんに関する噂のようなものは何となく知っていたから、恐らくそのせいではないだろうかとも思ったが、元々ああいう感じなのでは無いかという気もしたし、本当のところはどうなのだろうと気になって仕方が無かった。しかし、そんなことをあの状況で聞けるわけもなく。
 好奇心と言ったら聞こえは悪いだろうが、つまりそういうことなのだろうと思った。だがそれは決して、彼の噂を知っているからという同情心から来るものとは違う。片隅にはその感情がもしかしたらあったのかもしれないが、そういうことではなく、もう少しだけ彼のことを知りたくなったのだ。
 しかしそれと同時に、なんだか苛立ちのほうが勝っていくのをひしひしと感じた。仕事として授業をしている先生の声すら煩わしく感じるくらいだった。本当は戻って来たくはなかったが、初対面と呼べる人物と約一時間の時を過ごせるほど社交力は高くなかったのだから仕方がない。

(……オレに何が、出来るのかな)

 嘘か本当かは別にして、噂というのはいかに人を追い詰めるのかというのを見てしまったような気がして、不快極まりなかったのである。
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