24話:ヒミツのやり取り
一階の図書室に辿り着くまでの間は、比較的スムーズだった。橋下さんが僕の荷物を持っているせいで、ついていくしか道が無くなってしまったのが一番の要因だろう。鞄を奪い取るという選択肢もあったのだろうが、そうするよりも橋下さんが素早かったのである。
図書室に来たとは思えないくらいに遠慮なく扉を開ける橋下さんに少し気が引けながらも、僕は足を踏み入れた。廊下の無機質な床から木材の床を踏みしめた時の、僅かに沈む感覚が足の裏に伝わってくる。縮こまりそうになる背中をなんとか起こし、数歩ほど踏みしめた。
「あ、先輩だ」
そう言った橋下さんが向かった先は、並べられたテーブルでも本が羅列されている棚でもなく受付だった。橋下さんのいう先輩というのは一体どっちのことなのかまだ分からず、僕もそれに倣って受付へと足を進めた。いい加減荷物を返して欲しいものだけれど、それはまだ少し先の話らしい。筆箱しか持っていないのがそろそろ手持ち無沙汰なのだが、まあそのうち返してくれるだろう。
「宇栄原先輩は?」
「いないけど」
「いや見ればわかりますけど」
見ると、受付のカウンターを返したところには神崎さんがいた。僕らの見える範囲には宇栄原さんは見当たらない。いつもは受付から見える範囲くらいの席に座っていることが多いから、恐らく今日は本当に来ていないのだろう。受付にいる神崎さんは、確か図書委員だったと記憶しているから当番なのかもしれない。
「……母の日が近いからな」
「なーるほど。……なるほど?」
一度納得したはずの橋下さんは、すぐに疑問を投げかけた。
「母の日が近いと何かあるんでしたっけ?」
「……花屋の前でそれ言ったら怒られそうだな」
「あ、そういえば母の日ってお花送る人多いですもんねぇ。先輩いなくてよかった」
宇栄原さんの家が花屋さんというのを一体いつ聞いたのかは全然覚えていないけど、そういえばそんなことを言っていたような気がするというのだけは記憶してしる。確かに、母の日間際のお花屋さんというのは相当忙しそうだ。
そういえば、僕が気にしたところでどうしようもないのだけれど、今はテスト前のうえにこの学校はバイト禁止だったような気がするのだけどいいのだろうか。先輩はそういうことにちゃんとしていそうだと思っていたのだが、もしかすると僕の見当違いだったのかもしれない。どちらにしても今更だし、別に誰かに言いつけてやろうだなんて思ってもいないから、これ以上は気にしないことにしようと思う。
「じゃあ暇ですねぇ」
「ならさっさと帰れよ」
「先輩は?」
「普通に当番だよ。邪魔すんな」
「まだ邪魔はしてませんけど」
「まだ……?」
いつも通り橋下さんに遊ばれている神崎さんは、僕が時間を持て余していることに気付いたのかばっちりと目があってしまう。特に何も言われていないのに、思わず緊張が走った。特に何かを言うでもなく僕を視界に入れる神崎さんに、思わず目が泳いでしまうのがよく分かった。
居たたまれなくなった僕は、そのまま何を言うでもなく受付を後にし、一番近くのテーブルに筆箱を置いて本棚へと走った。受付から見えないところを探すように、かつ若干早くなった心臓の動きを誤魔化しながら、本棚が作った通路を意味もなく歩く。
(……やっぱり、ちょっと苦手かも)
神崎さんに特別何かを言われたわけでもなければ、そもそもまともに話したことがあったかさえも覚えていないくらいの関係なのに、どうしてこうも駄目なのだろう。……いや、よく考えてみたら橋下さんや宇栄原さんだって同列かも知れないが、それにしてもこれは過剰反応すぎて、控えめに言ってもいい対応だとは言い難いだろう。
神崎さんのことを悪い人だとは別に思っていないのだけれど、一度持ってしまった感情を覆すのはどうにも難しそうだ。
図書室に来たとは思えないくらいに遠慮なく扉を開ける橋下さんに少し気が引けながらも、僕は足を踏み入れた。廊下の無機質な床から木材の床を踏みしめた時の、僅かに沈む感覚が足の裏に伝わってくる。縮こまりそうになる背中をなんとか起こし、数歩ほど踏みしめた。
「あ、先輩だ」
そう言った橋下さんが向かった先は、並べられたテーブルでも本が羅列されている棚でもなく受付だった。橋下さんのいう先輩というのは一体どっちのことなのかまだ分からず、僕もそれに倣って受付へと足を進めた。いい加減荷物を返して欲しいものだけれど、それはまだ少し先の話らしい。筆箱しか持っていないのがそろそろ手持ち無沙汰なのだが、まあそのうち返してくれるだろう。
「宇栄原先輩は?」
「いないけど」
「いや見ればわかりますけど」
見ると、受付のカウンターを返したところには神崎さんがいた。僕らの見える範囲には宇栄原さんは見当たらない。いつもは受付から見える範囲くらいの席に座っていることが多いから、恐らく今日は本当に来ていないのだろう。受付にいる神崎さんは、確か図書委員だったと記憶しているから当番なのかもしれない。
「……母の日が近いからな」
「なーるほど。……なるほど?」
一度納得したはずの橋下さんは、すぐに疑問を投げかけた。
「母の日が近いと何かあるんでしたっけ?」
「……花屋の前でそれ言ったら怒られそうだな」
「あ、そういえば母の日ってお花送る人多いですもんねぇ。先輩いなくてよかった」
宇栄原さんの家が花屋さんというのを一体いつ聞いたのかは全然覚えていないけど、そういえばそんなことを言っていたような気がするというのだけは記憶してしる。確かに、母の日間際のお花屋さんというのは相当忙しそうだ。
そういえば、僕が気にしたところでどうしようもないのだけれど、今はテスト前のうえにこの学校はバイト禁止だったような気がするのだけどいいのだろうか。先輩はそういうことにちゃんとしていそうだと思っていたのだが、もしかすると僕の見当違いだったのかもしれない。どちらにしても今更だし、別に誰かに言いつけてやろうだなんて思ってもいないから、これ以上は気にしないことにしようと思う。
「じゃあ暇ですねぇ」
「ならさっさと帰れよ」
「先輩は?」
「普通に当番だよ。邪魔すんな」
「まだ邪魔はしてませんけど」
「まだ……?」
いつも通り橋下さんに遊ばれている神崎さんは、僕が時間を持て余していることに気付いたのかばっちりと目があってしまう。特に何も言われていないのに、思わず緊張が走った。特に何かを言うでもなく僕を視界に入れる神崎さんに、思わず目が泳いでしまうのがよく分かった。
居たたまれなくなった僕は、そのまま何を言うでもなく受付を後にし、一番近くのテーブルに筆箱を置いて本棚へと走った。受付から見えないところを探すように、かつ若干早くなった心臓の動きを誤魔化しながら、本棚が作った通路を意味もなく歩く。
(……やっぱり、ちょっと苦手かも)
神崎さんに特別何かを言われたわけでもなければ、そもそもまともに話したことがあったかさえも覚えていないくらいの関係なのに、どうしてこうも駄目なのだろう。……いや、よく考えてみたら橋下さんや宇栄原さんだって同列かも知れないが、それにしてもこれは過剰反応すぎて、控えめに言ってもいい対応だとは言い難いだろう。
神崎さんのことを悪い人だとは別に思っていないのだけれど、一度持ってしまった感情を覆すのはどうにも難しそうだ。