24話:ヒミツのやり取り

「あーあ、先輩がガン飛ばすから相谷くん逃げちゃったじゃないですか」

 軽口を叩く橋下は、近くに誰も居ないのを良いことにカウンター越しで受付に居座り続けている。まるで知り合いだからとずっと話しかけてくる面倒な客のようだ。

「……別に、ガンは飛ばしてない」
「いやだって、先輩あんま喋んないし話しかけにくいっていうか、おまけに目つき悪――じゃなくて眼光鋭い……でもないな。目つき悪いじゃないですか」
「言い直すくらいならもうちょっとなんかあっただろ」
「ちょっと待ってください間違えた、間違えました。別に目つきは悪くないですけど、圧的な? 少なくとも宇栄原先輩より話しかけやすいってことはないですよねぇ」
「圧……」

 ここまで言われると橋下に文句のひとつでも付けたくはなるが、正直多少なりとも自覚はある。あるにはあるが、こうもはっきり言われることなんて中々ない。あの宇栄原でさえもう少しオブラートに包んでモノを言うのに、どうして年下にこんなボロクソ言われなければならないのだろうか。全く、舐められたものである。
 橋下の言う「目つきが悪い」というのが本気で思っているかはこの際別いどうでもいいが、元々愛想が良い方ではないというのを差し引いて思い当たる節があるとするなら、目が悪いくせして眼鏡もコンタクトもしていないという点だろう。生活にはさほど困ってはいないが、気付かないうちに目を細めてしまうことがあるせいで、もしかしたら余計そう思われているのかもしれない。今まで面倒でしていなかったが、いい加減視力補正くらいはしたほうがいいのだろうか?

(……眼鏡作っただけで圧が消えるとも思えないけど)

 一応頭の隅には置いておこうと思いつつ、どうせすぐに忘れるだろう。俺は、相谷がさっきまでいた場所を視界に入れた。……興味のない連中は別にどうでもいいが、顔見知りにあからさまに逃げられるというのは、流石に少々考えものだ。

「……ところでお前、なんで相谷の鞄まで持ってるんだ?」
「え? いやなんか……つい」
「つい……?」

 こいつの適当なはぐらかしにはもう慣れたものだが、こればっかりはそう簡単に流していいものではない。大方、橋下が勝手に荷物を持っていったから相谷がついてきたのだろう。今までのことを念頭に置けば想像するのは難しいことじゃないし、相谷が筆箱だけ持っていたのも頷けるというものだ。

「……あんまり無理矢理連れてくるなよ」
「無理矢理ってほどでもないんですけどねぇ」
「信用出来ない」
「一秒も考えないでそれは酷くないですか?」
「そう思うなら、もう少し自分の日頃の行いを振り替えろ」
「こんなに真面目に生きてるのに……」

 本当にそう思っているんだとするなら、こいつの真面目の定義を延々と問いたくなる気分だ。宇栄原が橋下相手になるとため息を零すのもよく分かる。こういうのを面倒だと思う人間だっているだろう。それとも、相手を選んだうえでこういうことをしているのだろうか? ここまで来ると、わざとこういう振る舞いでもしているんじゃないかとすら考えてしまう。

(流石に考えすぎか……?)

 果たして何が正解なのか、こいつを前にするとイマイチよく分からなくなる。最も、もう少し交流をしようという努力を俺が出来ていたのなら、話は違ったのかも知れないが。
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