26話:ヒミツと正直者
あの学校の喧騒は一体どこへやら、家の中はとても静かだった。特に僕の部屋の中は、耳を澄ませると僕の呼吸音すら聞こえるくらいだ。
「やっぱり綺麗だな……」
気付けば僕は、テストの問題用紙を見つめながらそう零していた。決してテストの問題を見てそう思ったというような奇特な話ではなく、僕が間違えた問題のところに宇栄原さんが書いてくれた説明の文字が、かなり綺麗だったのだ。しかもその説明が疑問の持ちようがないくらいに分かりやすいというおまけ付きで、よく分からないが申し訳なくなってくるほどだった。
(こ、これで成績落ちたら顔向け出来ない……)
そう思うと、自然と教科書とノートへと目を向けられる。これはとても有りがたいことで、実際僕が望んでいたことではあったけど、それでも問題があった。
今日は数学だけだったけど、他の教科については果たしてどう切り出せば良いだろう。相手は宇栄原さんだ。もしかしたら僕が何かを言うよりも前に切り出してくるかも知れない。いや、十中八九そうだろう。しかし僕が持ち込んだ種なのに、宇栄原さんに主導権を握られるというのは、些か甘えが過ぎるというものだ。
うっかり問題用紙を眺めるだけの時間が出来ようかというところ、部屋のドアが叩かれるような異音がした。誰かがノックをしたような軽い音だ。
「……おばさん?」
このおおかた十八時くらいの時間は、僕とおばさんしか家には居ない。自然とおばさんのことを口にしたけど、数秒経ってもそれ以上のことが起こる気配がまるでなかった。いつもなら、僕の名前と「今いいかしら?」と一言添えてくるのに、それが一向に発生しなかったのだ。
少し疑問に思いつつ、僕は問題用紙を後にドアへと向かう。開けてみるが付近には誰もいない。顔をだけを部屋の外に出し、リビングのもう少し先を眺めてみる。すると、台所におばさんがいた。
「あら、どうしたの?」
おばさんが振り向いたお陰で目がばっちりとあってしまう。このままでは、何をしたいのか分からない不審な人物だ。
「えっと、ドアが叩かれた気がしたんだけど……」
「私じゃないわよぉ。そんなに早く移動できるほど若くないもの」
「そ、そうだね……?」
思わず肯定しかけてしまったが、軽口を叩くおばさんを見るにどうやら本当に僕に用があったというわけでも、ましてや部屋に来たというわけでもないらしい。
(……気のせい、ということにしておこう)
これ以上考えても余り良いことは無さそうだから、僕は無理矢理そう結論付ける。
――というのも、これが初めてのことではなかったからだ。
「あ、そうそう。今日は久し振りに焼売作ってみたんだけど、よかったら出来立て一個食べてって!」
おばさんは「早く早くっ」と僕を手招きつつ、もう片方の手で適当に箸を選び出した。手にした箸それぞれ柄が全然違うような気がするけど、特別そこを指摘することはしない。
右手で持った箸を使い、僕は一番近いところにある焼売をつまんだ。気を抜くと火傷しそうな程に湯気立っているそれを口に入れる。周りの皮がほどけ、お肉のうま味と玉ねぎのシャキシャキした感覚がとても心地よかった。
「どうどう? 変な味しないかしら?」
「……心配しなくても、おばさんのご飯は美味しいよ?」
「あらやだ、相変わらず誉め上手ねぇ」
もっと作りたくなっちゃうわぁと、おばさんはニコニコと上機嫌になった。どちらかというと、おばさんの方が褒め上手だと思うのだが、そう口にするのが憚られるくらいになんだか嬉しそうなおばさんを見て、僕はもうそれ以上何も言うことはしなかった。
「やっぱり綺麗だな……」
気付けば僕は、テストの問題用紙を見つめながらそう零していた。決してテストの問題を見てそう思ったというような奇特な話ではなく、僕が間違えた問題のところに宇栄原さんが書いてくれた説明の文字が、かなり綺麗だったのだ。しかもその説明が疑問の持ちようがないくらいに分かりやすいというおまけ付きで、よく分からないが申し訳なくなってくるほどだった。
(こ、これで成績落ちたら顔向け出来ない……)
そう思うと、自然と教科書とノートへと目を向けられる。これはとても有りがたいことで、実際僕が望んでいたことではあったけど、それでも問題があった。
今日は数学だけだったけど、他の教科については果たしてどう切り出せば良いだろう。相手は宇栄原さんだ。もしかしたら僕が何かを言うよりも前に切り出してくるかも知れない。いや、十中八九そうだろう。しかし僕が持ち込んだ種なのに、宇栄原さんに主導権を握られるというのは、些か甘えが過ぎるというものだ。
うっかり問題用紙を眺めるだけの時間が出来ようかというところ、部屋のドアが叩かれるような異音がした。誰かがノックをしたような軽い音だ。
「……おばさん?」
このおおかた十八時くらいの時間は、僕とおばさんしか家には居ない。自然とおばさんのことを口にしたけど、数秒経ってもそれ以上のことが起こる気配がまるでなかった。いつもなら、僕の名前と「今いいかしら?」と一言添えてくるのに、それが一向に発生しなかったのだ。
少し疑問に思いつつ、僕は問題用紙を後にドアへと向かう。開けてみるが付近には誰もいない。顔をだけを部屋の外に出し、リビングのもう少し先を眺めてみる。すると、台所におばさんがいた。
「あら、どうしたの?」
おばさんが振り向いたお陰で目がばっちりとあってしまう。このままでは、何をしたいのか分からない不審な人物だ。
「えっと、ドアが叩かれた気がしたんだけど……」
「私じゃないわよぉ。そんなに早く移動できるほど若くないもの」
「そ、そうだね……?」
思わず肯定しかけてしまったが、軽口を叩くおばさんを見るにどうやら本当に僕に用があったというわけでも、ましてや部屋に来たというわけでもないらしい。
(……気のせい、ということにしておこう)
これ以上考えても余り良いことは無さそうだから、僕は無理矢理そう結論付ける。
――というのも、これが初めてのことではなかったからだ。
「あ、そうそう。今日は久し振りに焼売作ってみたんだけど、よかったら出来立て一個食べてって!」
おばさんは「早く早くっ」と僕を手招きつつ、もう片方の手で適当に箸を選び出した。手にした箸それぞれ柄が全然違うような気がするけど、特別そこを指摘することはしない。
右手で持った箸を使い、僕は一番近いところにある焼売をつまんだ。気を抜くと火傷しそうな程に湯気立っているそれを口に入れる。周りの皮がほどけ、お肉のうま味と玉ねぎのシャキシャキした感覚がとても心地よかった。
「どうどう? 変な味しないかしら?」
「……心配しなくても、おばさんのご飯は美味しいよ?」
「あらやだ、相変わらず誉め上手ねぇ」
もっと作りたくなっちゃうわぁと、おばさんはニコニコと上機嫌になった。どちらかというと、おばさんの方が褒め上手だと思うのだが、そう口にするのが憚られるくらいになんだか嬉しそうなおばさんを見て、僕はもうそれ以上何も言うことはしなかった。