25話:ヒミツの攻防戦

「人に勉強教えるなんて、中々珍しい経験しちゃったなぁ」

 相谷君と橋下君と別れてから約数秒後のこと、話はすぐにさっき図書室で起きたことで持ち切りだった。持ち切りというよりも、喋っているのは殆どおれだけなのだが、それはいつものことである。
 相谷君が口にした、これ以上成績が下がると色々とマズい、というのは多分特待生に入れるか否かということなのだろうけど、そこは流石におれが口を出せる話ではなく、話を聞いた限りそれ以上でも以下でもないようだったから、思わず承諾してしまった。
 如何せん誰かに教えるというのはこれが初めてだったし、果たしてあれで良かったのかは全然分からないけど、心なしか相谷君のお礼のテンションがいつもより高かったような気がするから、きっと大丈夫だろう。と言っても、これまでに感謝されたことがあったかどうかは記憶にないが。

「しかも、相谷君からああやって言ってくるなんて思わなかったよね」

 左にいる拓真は聞いているのかいないのか、返事のようなものが返ってくる気配は一向にない。しかし、それが本当におれのことを無視してるという極端な状況でもなかった。

「どういう心境の変化だろうね?」
「……ここに来るのが嫌なのかどうなのか、よく分からなくなった。……っていうのは、この前相谷から聞いた」
「へぇ」

 それが一体どれくらい前のことなのかは知らないが、おれが居ない間にどうやら面白いことがあったようだ。本当に面白いことだったかどうかはさておいて、相谷君と拓真が喋らないといけない状況に陥ったということが既に面白い。それを口に出して茶化す気は毛頭ないが。
 しかし拓真のいうことが本当なら、やっぱり最初は図書室に来るということが嫌だったということなのだろう。どこからどう見ても橋下君が無理矢理連れてきたようにしか見えなかったあの時のことは、まだ記憶に新しい。

「……でもそれ、手放しで喜んでいいのか微妙っていうか。他に何か言ってなかった?」
「……探してたっぽい本渡したら感謝された」
「何そのオモシロ話。見たかったな……」

 折角茶化さないと思っていたところだったのに、あろうことか秒で覆されてしまった。

「あれ以上のこと聞ける勇気は俺にはなかった……」
「誰も聞けなんて言ってないけど。おれも、流石にこれ以上突っ込む勇気はないなぁ」

 あの橋下君が連れてくるのだから、相谷君がなんだかわけありな雰囲気は感じていたが、それもただのおれの感想に過ぎず、本当のところはよく分からない。おれの考えすぎかもしれない、そうであるのが一番いいのだが、かといってその疑念を払拭するために踏み込み過ぎるのも考えものだ。万一聞かれたくないことをおれが聞いたとして、次の日から一切会わなくなってしまいそうな、そんな危うさを彼は持ち合わせているのである。

「……お前、よくあそこまで気使って相谷と話せるな」
「んーまあ……だって、相谷君おれにすらビビってるし、あと二人と違って無下にする理由もないし」
「否定出来ないのがムカつくな……」

 そうは言っても、あれでも一応最初よりは軟化している……とおれは思っているのだが、もしかして気のせいだろうか? 元々言いたいことはそれなりに素直に口にする人だと思うし、相谷君が言っていた「拓真が勉強を教えるのには向いていない」というのは、実際かなり的を得ているだろう。頭がいいというのと勉強を教えるのが上手いというのは、必ずしも比例しないというものだ。
 下手なことを言うとすぐに何処かに行ってしまいそうな危うさは確かにあるものの、地雷を踏みまくりそうな橋下君がいるのにそれが起きていないのだから、もしかしたらある程度踏み込んだ話をしてもそう拒否をされることはないのかも知れない。
 しかし、あの小動物の塊のような人物に踏み込んだ質問をするというのは、流石のおれでもかなり勇気がいる。どうして先輩と呼ばないのかという点を聞くかどうするかもかなり迷ったのだが、結局明確な答えは返ってこなかったし、あれはもう少し踏み込んでみるべきだっただろうか? それとも本当に特に何も考えていなかったのだろうか? 相谷君に限って何も考えていなかったというのは、何かが違う気がするけれど……。

「……これが続けばいいけどね」

 どちらにしても、おれの目に映らない一抹の不安というのは、どうしても拭うことが出来なかった。
5/5ページ
スキ!