26話:ヒミツと正直者

 その日の夜のことである。僕はとある夢を見た。もしかすると夢という風に分類するべきではないのかも知れないが、しかし夢であって欲しいと願って仕方がないものである。
 時刻は既に日付が変わっているであろう深夜のこと。零時をまわる少し前に布団に入ったから、もうとっくに一時は過ぎてしまっているのだろうか? これはあくまでも推測だ。静かに微睡む暗がりの中、微かな異音が耳に入ったのが皮切りだった。何かが、床を擦るような音が遠くから聞こえてきたのである。遠くからと言っても、それは恐らく部屋の外からではない。静かな空間に反響している様が、どうやらこの部屋から聞こえてくるものであるということを物語っていた。
 それは布団同士が擦れるようなごく溢れた軽い音ではなく、畳を思いっきり指先で掴みながら這っているような、バリバリとした音を含むものだ。
 ゆっくりと、かつ確実にその音が近づいてくるのを足先から感じ取り、僕は思わず飛び起きようとした。その時である。誰かの手が、僕の首に触れる感覚があったのだ。
 押し潰された喉元に当たる、血の気のないヒヤリとした冷気が、辛うじて僕を行動に移させた。
 か細い手首のような部分を掴むのは容易だったが、だからといって僕の首に当たっている何かの力が止まることはない。徐々にゆっくりと、まるですぐには終わらせないといったように確実に絞りあげてくるそれに、声を出そうと思っても一向に緩む気配のない手の感覚は止まることがないせいで、思うようにはいかなかった。
 夢特有のとでも言うべきなのか、思うように動かない身体が本格的に動くことを諦め始めている。
 辛うじてまだ動きを止めないのは、誰かの腕を掴んでいる自身の腕と、せめてその人物が誰なのかを視界に入れようとしている自身の目だけである。しかしそれも、そう長く持つはずもなかった。
 徐々に霞み始めていく視界の中、ほんの僅か、ようやく髪の毛の隙間から見えた顔は、一体誰なのかというところまでは残念なことによく分からなかった。
 だが、その状況の中ですらもハッキリと見えた瞳孔が開ききった眼は、紛れもなく僕を本当に殺しにかかっている時のそれだったのである。

 ――僕の目が覚めたのは、本来起きなければならない時間よりも二十分も早かった。目覚めが悪いのは当然だが、それよりもあれが本当に夢だったのかどうかが気がかりで仕方がなかったのだ。ハッキリと思い出すことの出来るそれを、夢として簡単に片付けるのは早計な気がしてならなかったのである。本来ならもう少し眠っていられるはずなのだが、そういう気持ちには到底なれず、僕は身体を起こし始める。すると、その時初めて首に何かが引っかかっているような、違和感を覚えたのだ。生唾を飲みながら、僕は恐る恐る首に手をまわす。

(……イヤホンだ)

 違和感の正体は、音楽プレイヤーに刺さっているだけのはずのイヤホンだった。確かに音楽プレイヤーはベットの上の、寝返りを打てばすぐ目の前に映るくらいの距離にある。しかし、本来ならこのイヤホンは音楽プレイヤーに巻き付いていたはずなのである。曲を聴きながら眠りこけるということはしなかったはずなのだが、それがどういうわけか首に巻き付いていたのだ。
 首に巻き付いて離れないイヤホンを、僕は手前にかけて右手で引っ張っていく。額から汗が滴っていることなんて、今の僕には気にする余地すらない。
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