17話: 未共有事項
学校に訪れるいつもの放課後。おれは、教室を抜けて図書室へと歩みを進めていた。今日は、特別拓真達と約束をしているとかそういう訳ではない。いや、元々約束なんてしたことは一度もないのだから、気にする必要なんて全くないのだけれど。
おれが図書室に来る日は委員会の仕事がある時くらいで、それに拓真が足を運んで、更にそこに橋下君達が勝手に来ているだけだから、今日は多分誰も来ないんじゃないかと思う。というより、居られると困るからわざわざ皆が来ないであろう日を選んできたのだ。
「さて、どうしようかな……」
但し、それは別に何かを隠そうとしているとか、見られたくないものがあったという訳ではない。ただ単に、知り合いが居ない空間の中ひとりで探し物をしたいというだけの話だ。
別に無くても構わないし、家に山ほどあると言えばそうなのだけれど、ずっと手にしていたモノがある日突然失くなってしまうというのは、何とも気分が落ち着かない。それが手元から落ちていったのは、今向かっている先にある図書室であるというのは、何となく分かっている。というよりも、あの場所以外で無くすというのは考えられないのだ。
そろそろ空気がこもり始める廊下の中、僅かにシャツを湿らせる汗に気付くことは無く、おれは図書室の扉を開ける。早々に中に入り一帯を確認をしたが、どうやら読み通り知り合いはいないらしい。
取り合えずおれが向かった先は、恐らく無くしたであろう時に座っていた場所。特別どことは決まっていないものの、来る頻度が高ければどの辺りに座るかくらいは示しがつく。
机の上は勿論、椅子の下に近くの本棚の隙間まで確認したが、収穫は無かった。
「やっぱりないか……」
さっき、確かにおれは別に無くても困りはしないと思った。そう、そうなのだ。別におれは困りはしない。
「あ……」
それを持った人の見に起こるかも知れないことを危惧している、ただそれだけだ。
「こんにちは」
「わああっ……!」
屈んでいたおれのことに気付いていなかったらしいとある女子生徒は、驚きの声を見せる。
おれを目にした途端明らかに挙動不審になった人物は、この前一瞬だけ姿を見かけた女子生徒。ゲーセンの帰り、おれが駆けつけた場所にいた人物だ。
「この前は逃げられちゃったから、これがちゃんとしたはじめましてだね」
「に、逃げたというか……」
あの時、声をかけようとしたら猛スピードで逃げて行ってしまったから、話をするというのはこれがはじめてだと思う。
「まあそれは別にいいんだけど、ちょっと聞いてもいい?」
別に彼女に用があった訳じゃないのだけれど、聞きたいことなら幾らか持ち合わせている。
「あの時、黒い靄みたいなの見たでしょ?」
いつもなら絶対に言わないであろう事象を、単刀直入に口にする。普通だったら、怪訝な顔をされることはまず違いないのだが、彼女の瞳は刺すようにおれを捉え始めていた。
「どうして、そんなこと聞くんですか……?」
「んー……。どうしてって言われると困るんだけど」
ない、とここでハッキリと否定しない辺り、どうやら全く検討違いという訳では無かったらしい。普通だったら「何を言ってるんだコイツは」みたいな目で見られても可笑しくないし、なんだったらナンパと捉えられてもおかしくない状況なのだから無視されてもいいくらいだ。
「それを知ってそうな人はいるんだけど、教えてくれそうにないんだよね」
なのに、それは起こらなかった。ともすれば、ここで引き下がるなんてことをするわけがない。
「もし視たんだったら、教えて欲しいな」
「で、でも……」
それだけ言うと、彼女の視線が手持ちの本に落ちる。でも、という言葉を使うということは、知っているけど言うのは憚られるということなのだろうか?
「黒いのだけじゃ、なかったですよ……?」
「……え?」
――否、それともまた違う類いのモノのようだ。
おれが図書室に来る日は委員会の仕事がある時くらいで、それに拓真が足を運んで、更にそこに橋下君達が勝手に来ているだけだから、今日は多分誰も来ないんじゃないかと思う。というより、居られると困るからわざわざ皆が来ないであろう日を選んできたのだ。
「さて、どうしようかな……」
但し、それは別に何かを隠そうとしているとか、見られたくないものがあったという訳ではない。ただ単に、知り合いが居ない空間の中ひとりで探し物をしたいというだけの話だ。
別に無くても構わないし、家に山ほどあると言えばそうなのだけれど、ずっと手にしていたモノがある日突然失くなってしまうというのは、何とも気分が落ち着かない。それが手元から落ちていったのは、今向かっている先にある図書室であるというのは、何となく分かっている。というよりも、あの場所以外で無くすというのは考えられないのだ。
そろそろ空気がこもり始める廊下の中、僅かにシャツを湿らせる汗に気付くことは無く、おれは図書室の扉を開ける。早々に中に入り一帯を確認をしたが、どうやら読み通り知り合いはいないらしい。
取り合えずおれが向かった先は、恐らく無くしたであろう時に座っていた場所。特別どことは決まっていないものの、来る頻度が高ければどの辺りに座るかくらいは示しがつく。
机の上は勿論、椅子の下に近くの本棚の隙間まで確認したが、収穫は無かった。
「やっぱりないか……」
さっき、確かにおれは別に無くても困りはしないと思った。そう、そうなのだ。別におれは困りはしない。
「あ……」
それを持った人の見に起こるかも知れないことを危惧している、ただそれだけだ。
「こんにちは」
「わああっ……!」
屈んでいたおれのことに気付いていなかったらしいとある女子生徒は、驚きの声を見せる。
おれを目にした途端明らかに挙動不審になった人物は、この前一瞬だけ姿を見かけた女子生徒。ゲーセンの帰り、おれが駆けつけた場所にいた人物だ。
「この前は逃げられちゃったから、これがちゃんとしたはじめましてだね」
「に、逃げたというか……」
あの時、声をかけようとしたら猛スピードで逃げて行ってしまったから、話をするというのはこれがはじめてだと思う。
「まあそれは別にいいんだけど、ちょっと聞いてもいい?」
別に彼女に用があった訳じゃないのだけれど、聞きたいことなら幾らか持ち合わせている。
「あの時、黒い靄みたいなの見たでしょ?」
いつもなら絶対に言わないであろう事象を、単刀直入に口にする。普通だったら、怪訝な顔をされることはまず違いないのだが、彼女の瞳は刺すようにおれを捉え始めていた。
「どうして、そんなこと聞くんですか……?」
「んー……。どうしてって言われると困るんだけど」
ない、とここでハッキリと否定しない辺り、どうやら全く検討違いという訳では無かったらしい。普通だったら「何を言ってるんだコイツは」みたいな目で見られても可笑しくないし、なんだったらナンパと捉えられてもおかしくない状況なのだから無視されてもいいくらいだ。
「それを知ってそうな人はいるんだけど、教えてくれそうにないんだよね」
なのに、それは起こらなかった。ともすれば、ここで引き下がるなんてことをするわけがない。
「もし視たんだったら、教えて欲しいな」
「で、でも……」
それだけ言うと、彼女の視線が手持ちの本に落ちる。でも、という言葉を使うということは、知っているけど言うのは憚られるということなのだろうか?
「黒いのだけじゃ、なかったですよ……?」
「……え?」
――否、それともまた違う類いのモノのようだ。