第9話:真実の在処

 ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえる。それはこの家の主が帰ってきたということの表れだった。

「あ、帰ってきたのかな……」

 私がそう言葉を溢してすぐ、何かが落ちるような大きな音が家中に響く。突然の出来事に、思わず手にしていたお皿を落としそうになった。

「な、なに……っ!?」

 反射的に、ここからでは見ることの出来ない玄関へと身体が向いてしまう。お皿をテーブルの適当な場所に置き、すぐ側にあるソファで寝ているとある人物には目もくれず、私はゆっくりと玄関へと足を運んだ。

「あ、アルセーヌさん……?」

 歩きながら、帰ってきたのであろう人物に声をかけるが、返事が返ってこない。完全に静まり返ったことに、段々と不信感が募る。流石にないと思うけど、知らない誰かが身を潜めていたらどうしよう。そんな余計な心配が、私の心臓を少しだけ早まらせた。
 結果、それは要らない心配だった。その場で、崩れ落ちたかのように膝をついているアルセーヌさんが目に入る。ただ、そこにいたのは彼だけではなかった。

「はあ……っ」
「だ、大丈夫ですか……? それに……」

 もうひとりの彼、この前アルセーヌさんが家に呼んだ人……。確か名前は「シント」と言っただろうか。彼はどうやら気を失っているようだけど、この様子からして、アルセーヌさんが背負ってここまできたらしい。それに関しての疑問はもちろんだけど、こんな状態のアルセーヌさんを、私はここに来てから一度も見たことが無かったから、動揺が隠せなかった。

「また彼が来てるのか……」
「え? ああ、はい……」

 玄関に置かれた、この家の人間のものではないひとつの靴が、アルセーヌさんにそう言わせた。

「……すまないが、呼んできてくれないか?」
「は、はいっ! ネイケルさん、ネイケルさん起きてくださーい!」

 バタバタと音を立てて、ネイケルさんが寝ているソファへと向かう。私はとにかく彼を一刻も早く起こさなくてはと必死だった。

「ネイケルさあんっ!」
「んんっ……ちょ、わかっ……わかったから叩くのタンマ……何?」
「いいから来てくださいっ!」

 ネイケルさんの腕を引っ張って無理やり起こす。強引過ぎる行動ではあるけど、こうでもしないと、この人は早く来てくれないというのはよく知っている。大あくびをしながら歩く彼だったけど、玄関で起きているそれを見ると、気だるそうだった態度が少しだけ変わる。ほんの少しだけ、だけど。

「わー……アルセーヌさん、どこでそんな無茶してきたワケ?」
「……私のことはいいから、彼を運んでくれ」
「はいはい……開いてる部屋あるんだっけ?」
「あ、二階だったら……」
「えー……二階まで行くの? クソだる……」
「ネイケルさんっ!」
「わかったわかった。そんな怒んないでよー」

 ネイケルさんが、アルセーヌさんの代わりにシント君を抱え上げる。それに次いで、ゆっくりとアルセーヌさんが立ち上がった。ふらつくアルセーヌさんに手を伸ばすけど、途中で制止されてしまう。「私はいいから、彼を案内しなさい」なんて言うところが、いつものアルセーヌさんだ。
 その姿に、何もすることが出来なくなってしまった自分の無力さを痛感する。正式なお手伝いさんだったら、もう少し違ったのかも知れないけど。なんていう答えの見つからない思考を、思いっきり振りほどいた。アルセーヌさんもだけど、ネイケルさんがおぶってくれている彼もなんとかしないといけない。取り合えず、私はネイケルさんを案内する為に先導する。アルセーヌさんはというと、部屋には向かわずリビングに一直線だった。ああもう……どうして自分の部屋に行かないんですか、という言葉を言いそうになるけど、それは後だ。二階の空いている部屋のドアを、ネイケルさんの代わりに開ける。家具だけはそれなりに揃っているその部屋のベットに、ゆっくりと身体を預けた。
 こういう時、私だけじゃどうすることも出来ないから、ネイケルさんがいてくれて良かったかも知れない。この人が家に来る理由が理由なだけに、尚更。
 出来るだけ音を立てないように、静かにその部屋を後にする。階段を降りて少しした先、リビングにあるソファに目を向けると、そこではアルセーヌさんが横になっていた。

「アルセーヌさん、横になるならお部屋に行った方が……」
「いや、ここでいい……」
「よ、良くないですよ! こんなところで……」
「……彼が起きたら呼んでくれ」

 彼、というのは恐らく一緒に帰ってきたシント君のことだろう。呼ぶのは構わないのだけれど、少しは自分のことも考えてほしい。これじゃ休まる訳がないのに。
 ばさりと音を立てたのは、さっきまでネイケルさんが向かいのソファで使っていたタオルケット。それは、アルセーヌさんの身体に無造作にかけられる。その行動を起こしたのは、私ではなくネイケルさんだった。

「アルセーヌさんって、意外と無茶するんだね」
「……で、キミは何しにきたんだい?」
「え? あー、ちょっとタダ飯でもしようと思って」
「……はあ」

 予想していた言葉だったのか、アルセーヌさんは深く溜め息をついた。私は知ってはいたけど、改めて理由を聞くととても気が抜けてしまう。

 この会話以降、シントくんの目が覚めるまで、アルセーヌさんが何かを喋ることはしなかった。
1/4ページ
スキ!