二つの顔

第三幕

5月13日土曜日。時刻は昼12時半を回ろうとしていた。俺と戌谷は警部に言われたとおり、私服で待機している。ここ、秋野町二丁目公園はそれなりに大きさがある公園で、公園内には砂場、ブランコ、鉄棒、水飲み場といった最低限の遊具が置いてある。また、公園の隅には男女に分かれているトイレが設置されており、犯人からの電話では、このトイレの前のベンチ下に現金を詰めたカバンを置けとのことだった。
 公園は住宅街の真ん中に位置しており、周囲を道路で囲まれている。俺らは目標のベンチとは反対側で待機するように指示をうけ、野本さん夫妻と数人の警官は公園に面している道路から少し入った道路に大きめのバンを止めて待機している。
 昼の12時半を回ったころから遊んでいた子供たちは昼食を取りに家へ帰っていく。俺ら二人と二人の女子小学生を残し、公園は閑散としている。
「戌谷!ちゃんと取れよ!」
 そう言って、戌谷に向かって軽くボールを蹴る。
「わっ!ちょ、先輩!なんでサッカーボール持ってきてるんっすか!」
「そのまま突っ立ってたらおかしいだろ」
「そうっすけど!」
 戌谷はそう言いながらもボールを蹴り返す。

 時間が刻々と過ぎていく。
 気づくと1時15分。先ほどの女児らはすでに公園にはおらず、現在は、散歩に来たおじいさんと五人組の小学校高学年男児のグループが鉄棒近くでゲームをして遊んでいる。
「予定の時刻まであと10分……」
 公園の和な雰囲気とは違い、俺らの心臓は鼓動を速めた。
 公園の周囲には怪しい人物は見当たらない。まして、弘樹くんくらいの男児の姿はない。
 あぁ、このままでは、あの、最低な結末を想像しなくてはならない。お願いだ。現れてくれ。神に祈るような思いでベンチに視線を向ける。

 予定の時刻まであと3分。緊張で握った手には力が入らない。手に握る冷や汗の気持ち悪い感覚が腕を伝う。
「現れなさそうっすね……」
「まだ時間はある。」
 腕時計の秒針だけが時間を刻んでいるようだ。

 チッ チッ チッ チッ チッ チッ ……。
 ドクン ドクン ドクン ドクン ……。

 あと1分……。

 あと30秒……。

「予定時刻になりましたが、犯人と思われる人の姿は見当たりません。」
 無線で警部に連絡をする。
「俺、ちょっと公園の周辺見てくるッス。」
 そういうと戌谷は駆け足で公園を後にする。
 現金の入ったカバンは未だにベンチの下に置いてある。

「もう少し様子を見よう。」
 警部の指示に従い、俺らはもう1時間この場で待機していた。

 しかし、この後犯人が現れることは無かった。

 署に戻る俺らは落胆し、お互いの顔を見ることができなかった。
「中里先輩。やっぱ弘樹くんはもう……。」
 そう話を切り出した戌谷の声は平常を保とうとしているように聞こえた。
「その線で事件を見るべきだろうな。
 警部、この事件は誘拐殺人事件として捜査し始めたほうがいいように思います。」
「だが、遺体も証拠も何もないんだぞ。」
「わかっています。でも、遺体が出てきたら十分な証拠になりますよね。」
「先輩、本当にやるんすか?」
「あぁ。一か八かに賭ける。」

 俺たちの昨夜の会話が頭をよぎる。

「遺体を見つける?でもどうやって遺体を見つけるんっすか?何か当てでも?」
 ”遺体を見つける”の俺の言葉に戌谷が反応する。
「1つ気になっていることがある。」
 俺はそういうと、龍と一緒に野本夫妻の家にお邪魔したときのことについて話した。
「俺らが野本夫妻の家にお邪魔して取り調べを再度行ったとき、龍は子供の影を見た。普段なら龍には霊なんてその辺の人と同様にはっきり見えているらしい。だがその時龍は”影”を見たと話していた。きっと”それ”は霊ではなかったのかもしれないと思ってる。弘樹くんが使っていたという部屋は、襖と縁側を開けないと日が入らない作りになっていて、じめじめとした空気が漂っていたにも関わらず、畳は日の光で色褪せてほつれが目立っていた。外見はリフォームするのに、ここまで痛んだ畳をそのままにして子供に部屋を使わせるのだろうか。そして部屋の雰囲気には合わない真新しいタンス。いろいろと不自然なところがどうしても気になっていてな。」
 そんな小さな偶然も疑わざる負えないこの職業にはうんざりだ。
「でも、なんて言って家にまたお邪魔するんっすか?いきなり入っていって部屋荒らすなんて、今の時代は問題になるっすよ~。それで本当に遺体が出てこなかったら大問題っす。」
「あぁ、わかってる。でも、本当に弘樹くんが亡くなっているのだとしたら、龍が見えるだろ……。」
「正気っすか?」
「わかってる。俺だってこんなことしたくない。だから、龍が嫌だと言ったらもちろんさせない。」

 署に戻り、今後の動きについて話し合ったのち、俺は階段の踊り場でスマホを握りしめて居た。

 俺だって龍を無理やり事件に関わらせる気はない。それに昨晩の龍の電話口での声はかなり滅入っていた。きっとそれほど多くの弘樹くんの感情が龍に流れ込んだのだろう。
 だから、龍が嫌ならそれでいいんだ。
 そう決意を決め、龍に電話をかける。

 ピロロロロ……。

「……もしもし」
「龍、今時間大丈夫か?」
「中……里……」
 龍の声が震えている。何があった?
「龍、どうした?大丈夫か?また具合いでも悪いのか?」
「僕たち、救えなかったんだね……」
「龍、今どこだ!?」
「野本さんの家の前だよ。」
 まさか!あいつは自分から!?
「龍、そこを動くんじゃないぞ!」
 俺は急いで龍のもとに駆けつけた。
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