二つの顔

第二幕 其ノ二

署から電話を受けた俺は龍を途中で降ろし、真っ直ぐ署に向かった。
 警察署につき、大急ぎで自分の部署へ戻るとその場は混沌としていた。
「中里只今戻りました!」
「中里先輩!こっちっす!」
 警部の机の周りに人だかりができている。その中から天然パーマの若い警官が手招きする。
 後輩の戌谷だ。
「中里、早かったな。電話があったことは聞いたな?」
「はい。それで、電話の詳細は?」
「午後1時25分に犯人から警察署への電話があった。明日のこの時間午後1時25分に、秋野町二丁目公園の公衆トイレ前のベンチ下に現金1億円の入ったバッグを置け。子供と引き換えだ。という内容だった。」
 秋野町二丁目公園は、弘樹くんが行方不明になった日の夕方に遊んでいた公園。やはり、犯人はあの近辺の土地勘があり、野本夫妻や弘樹くんをよく知る人物なんじゃないのか?
 だが、明日は土曜。土曜の真昼に公園を指定するのは犯人にとってもリスクが高いんじゃないのか?
「それで、犯人の声は!?」
「その電話、俺がちょうど取ったんっすけど、男性のような野太い声だったッス。けど、機械音の良ような変な声だったので、変声機か何かで声を変えてる線で捜査したほうがいいと思うッス。」
「男性か女性か特定できないってなると難航しますね。」
「とりあえず今は明日の要求の時間までに、金の調達と現地の配備を調節する。」
 取引現場を土曜の昼に指定するのはとても引っかかるが、犯人が現れなかったとしても準備をするだけ無駄ではないだろう。
「わかりました。すみません、警部、重要参考人である野本由美氏について調べたいのですが、フォルダなど今晩だけ資料室から持ち出してもよろしいでしょうか?」
「何か犯罪経歴でも見つかったのか?」
「いえ、しかし気になる点がありまして。」
「わかった。戌谷、今夜中里を手伝ってやれ!」
「い、いいんっすか!?先輩のためなら何徹でも付き合うッスよ!」

 その日、土曜の犯人の要求にこたえるための資金調達や私服警官の配置などを確認し終えるころには、すでに時計の針は土曜の午前1時を過ぎていた。
 俺たち刑事課の部屋には戌谷と俺の二人が残っていた。
「戌谷、これから資料探す気力あるかぁ?」
「先輩のためなら身を引き裂いてでも身体動かしますよ……」
 机にうなだれながら戌谷はそう答えた。
「今日のこともあるし、早く返してやりたいが、1つだけ調べたいんだ。でも、すごく引っかかるんだよなぁ。」
「何がっすか?」
「いや、なんで今頃身代金の要求なんかするんだ?金を要求するなら、誘拐してすぐのほうが子供の面倒なんか見なくて済む。3日も飲み食いさせずに放置させるわけもいかないだろ。」
「子供が3日も飲まず食わずだと死にますよ。気が変わったんじゃないっすか?殺そうと思ってたけどいざとなったらできなかったとか。」
「そういえば、身代金の要求のことは野本夫妻に連絡してるのか?戌谷が電話取ったんだろ?」
「電話がかかってきたとき、すぐ警部の内線にもつながるようにしたっす。急な電話だったから会話の途中からしか逆探知できなくて。そしてそのあと速攻野本さんにも電話かけて内容をお伝えしたっす。」
「おかしくないか?」
「何がっすか?」
「こういう時って、野本夫妻に電話を直接かけて、警察には連絡するな見ないなのが鉄板だろ。」
「野本夫妻の電話がわからなかったんじゃないっすか?通り魔誘拐事件。次の日にはニュースにまでなってるし、警察署に電話するほうが手っ取り早いとか。」
「でもそれって、犯人にとってリスクが大きすぎるとは思わないか?」
「まあ、たしかに……。電話ができなければ、ポストに手紙入れることもできるっすもんね。あ、それもリスク高いか。」
「おまえ、脳みそ働いてないだろ。」
「当たり前っすよ。今日俺早番だったんすからー。で、先輩が調べたいことって何っすか?」
「あぁ、今日龍と野本夫妻のお宅にお邪魔して取り調べをしてきたんだ。そのとき、龍が野本さんから聞いた話によると、妻の優美さんには妹さんがいて、その妹さんも3年前に失踪しているらしいんだ。だから、優美さんに恨みを持った人物が他にいるんじゃないかと思って。」
「またあの片目小僧を現場に連れ出したんっすか?先輩の邪魔にならなきゃいいっすけど。」
 戌谷はそういうとパソコンを開き、失踪に関する情報のファイルを開いた。
「優美さんの出身って来田山市っすよね?で、三年前に起きた失踪事件……。5件ヒットしたっすよ。」
「来田山市……31歳女性行方不明事件。これじゃないか?」
「えっと、どれどれ事件内容は…… 12月9日、来田山市中央区に住む田辺友美さん31歳が行方不明に。数日前から姉の優美さんが連絡を取ろうとしても繋がらず、自宅に伺うも居らず心配になって通報。この時優美さんはすでに結婚し近くのアパートを借りて野本正人氏と息子の弘樹くんと暮らしていた。父はいつもの事だと気に留めておらず、友美さんの失踪時には近所の居酒屋で飲んでいたアリバイあり。今でも遺体発見には至らず、犯人も見つかっていない。」
「この時31歳ってことは、二人は双子になるな。」
「あ、たしかに。優美さん取り調べで34って言ってたっす。でも、未解決なら犯人の検討もつかないっすね。あれ、でもこの事件の通報も優美さんらしいっすよ。」

 どちらの事件も通報者は野本由美さん。そして2つの事件に一番深く関与している人物。
「……そういうことなんじゃないのか?」
「先輩、こんな夜中にその冗談は通じないっすよ。」
「刑事やると全部疑いたくなるってホントみたいだぞ。」
「うわー。一番知りたくなかったっすよ。」
 そういった戌谷の顔は引きつった笑みを浮かべた。

 ピロロロロ……。
「うわ!こんな夜中に何!?」
 しんみりとした空気の流れた部屋に俺の電話の通知音が鳴り響いた。
「龍からだ。」
「あの小僧まだ起きてんのか!」
「もしもし、龍?どうした?」
「…… 中里……」
 龍の声がいつにもまして弱々しく、暗闇に声が広がるようだった。
「大丈夫か?龍?また変な夢でも見たのか?」
「弘樹くんはもう生きていないかもしれない。」
 携帯を握る手は血の引ける感覚があった。
「詳しく話してくれ。」
「これは俺の夢で見たものだ。だから確信……したくない。」
 そういって龍は夢で見たことについて話し始めた。

「僕は真っ暗な中に一人で体育座りしていたんだ。寒くて、暗くて誰もいない。本当に孤独ですごく苦しかったんだ。そしたら、目の前に誰かの手がのびてきた。その手を取って立ち上がった瞬間、すべてが軽く暖かく感じたんだ。もう、何も残すものはないって、この暖かい手をいつまでも握っていたいって感じた。その瞬間、その魂の主は僕の体から出ていった。弘樹くんだった。手を伸ばして止めようと思ったけど、弘樹くんがあまりにも楽しそうで、嬉しそうで、僕は何もできなかった。」
 夢の内容とは裏腹に、龍の声は未だに暗闇に落ちている気がした。

 龍は小さい頃から霊と波長が合うことが多く、被害者が殺されるときの夢を見たり遺体の場所が分かったりすることが良くあった。今回もそうなのだろう。そして龍が言った、”もう生きていないかもしれない”。その言葉には自分の夢への確信とそれが外れていてほしいという2つの気持ちが見え隠れしていた。

「わかった。ありがとう、こんな夜遅くに教えてくれて。」
「中里、明日はかえって来れそう?」
「あぁ、早めに帰れるようにするよ。」
 そういって俺は電話を切った。

「で、龍はなんて言ってたんっすか?」
「確信はないが、被害者はもう亡くなっているかもしれないって。もしかしたら明日犯人が顔を見せることは無いかもな…」
「だとしてもどうやって犯人を特定するんっすか?優美さんに直接聞いても証拠はないし」
「遺体を見つける。」
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