二つの顔

第一幕

パチッ…… パチッ……。
 家の柱がきしむ音と無性な熱さで僕は目を覚ました。
 目の前に見えた真っ赤な龍が部屋を覆い、黒い雲を吐き出している。それが何なのかもはっきりとわからない間に、僕の体はベッドから体を起こし、部屋の扉に一目散に駆ける。
「パパ!ママ!どこなの!? ゲホッ ゲホッ」
 部屋に充満した黒い雲が気管を焼いているようだ。
 熱い…… 熱いよ……。

 はっ!遠のく意識が一瞬で戻ってくる。
「あゝ、またあの夢か。」
 汗が垂れた顎を手で拭いながらそうつぶやいた。
 病室には冷房がかかっているにも関わらず、汗のせいなのか鳥肌が立つ。この病院の病衣は、触り心地はさらさらだが、汗の吸収はそこまでよくはないようだ。看護師にお願いして着替えをいただこう。そう思い、ナースコールにてをかける。
 数日前から続く寝不足と疲労、それに加え一段と熱くなってきた日差しに体が追い付かないらしく、授業中に倒れてしまったらしい。普通の人ならなんともないのだろうが、自分の体は人一倍敏感なのだろう。そんなこんなで、ここ二、三日は近所の病院でお世話になっている。この病院に縁があるようで、出産のときや体調不良もそうなのだが、一番の原因は見えない左目だ。先天性白内障と診断されてから年に何度か検査やら指導やらでここに訪れる。新人看護師よりもこの病院に詳しいと言っても過言ではない。

 コン、コン、ス――――っ……。
「龍、起きてるか?」
 僕の合図を待たずして扉を開け、顔を出したのは中里である。中里祐一、26歳独身、職業は刑事、そして僕の叔父で今現在一緒に住んでいる。
「今起きたところ。何の用?」
「み、見舞いだよ!ほら、龍の好きな駅前のプリン!」
「今の時間は仕事中でしょ。それに、退院した後に二人で食べに行こうって話してた。」
 昨日の夜のメッセージのやり取りで、明日の退院後に二人で駅前にできた新しいカフェへ行こうと話していた。と言うことは、急な仕事の用事でも入ったのか……。
 たまにある事だから大きく落ち込むことはないが、久々に中里と出かけられるので少し楽しみにしていた。
「ごめんなー、龍……今朝急に違う事件の担当に回されたんだ。と言ってもまだ事件と決まったわけではないんだけど。」
「わざわざ見舞いに来なくったって、それくらいメッセージで言ってくれたらよかったのに。プリンだって、明日退院した後近所のコンビニに一人で買いに行けるし。」
「いやぁ――……そのー……」
 目を泳がせながら右手で後頭部を掻くのは何か僕に頼みたいことがあるときの中里の癖だ。きっとその前払いのプリンのつもりなのだろう。
「それで、僕に何か用があって来てるんだろ。プリンはありがたく頂戴するから、話してみてよ」
 僕がそういうと中里はほっとしたように顔の筋肉を緩ませ、にやりと笑った。
 ベッドわきの椅子を寄せ、座り込んで話し始めた。

「二日前に起きた子供の失踪事件は聞いたか?」
「あゝ、最近のニュースで7歳の子供が家に帰らなくて捜索中のやつ?」
「そう、そのニュースの事件を今朝急に担当にさせられたんだ。」
 僕が知る限りの事件の概要は、二日くらい前に隣町の小学校に通う野本弘樹くん7歳が夜遅くになっても帰って来ず、その日のうちに母親と父親が警察に捜索願いを出した。警察は誘拐と迷子になった線で捜索しており、弘樹くんの目撃情報について大々的にニュースで求めていた。わりと近所で起きた出来事のニュースだったから内容は記憶によく残っている。
「警察は誘拐と迷子の両面で捜索をしてるんでしょ?僕に何か関係があるわけ?」
「それが、どうもこの事件ちょっと変なんだ……」
「変?どんなふうに?」
「いやさ、この事件を担当する検察や刑事さんたちが相次いで体調不良を起こして、それに弘樹くんの母親も困惑しているようで、なかなか思うように捜索が進まないんだ。そんなことも あって俺に回されたんだろうけど」
「へぇ……それで?」
「ほら、よくあるだろ!事件にかかわった人が死んだり、犯人が霊に取りつかれてたり!」
「それで僕のところに来たのか」
「そう!だから……ちょっと捜査協力してくれないかなーと……お願いっ!」
 両手を合わせて顔をこわばらせながらこちらを見てくる。
 26歳にもなってこの男は、いるのかいないのかわからないものに対して恐怖感があるらしい。しかし、心霊現象などが原因で事件が起こるなど考えにくい。少なくとも、見える自分には恐怖でも、何でもない日常なのである。

 僕は生まれた時から左目に白内障を患っていて、光と影を見ること以外は視力がほぼない。だが、それと引き換えに第六感というものを持っているらしく、霊の存在を可視することがで切る。また、人の持つ生命エネルギーのようなものも見えたりする。特に左目はそのようなもののほうがはっきり見えるらしい。説明は難しいが、左目の視力が全くゼロなのではなく、右目で見えないものが見えており、机や壁、人などのエネルギーが見えるため、私生活にはそこまで大きく弊害にはならない。
 このことを知っている中里は、きっとこの左目で何かが見えるのではないかと考えているようだ。
「プリン今食べるから、頂戴」
 中里の顔が優しくふわっと微笑んだ。
1/6ページ
スキ