Novel
いつもと違う帰り道
放課後。チャイムが鳴って、教室の空気が一気にゆるむ。椅子を引く音と、あちこちで弾ける笑い声が混ざり合う。
特に理由なんてない。ただ、いつも通り。美月は鞄を持って、奏太の方へ歩いていく。
「奏太ー、帰ろー!」
いつものやつ。でも。
「あー、ごめん美月!」
軽く手を上げて、奏太が言った。
「俺、今日ちょっと残るわ」
「……は?」
思わず、間抜けな声が出た。
「バスケ部のやつに呼ばれててさ」
「あー……そっか」
納得は、できる。できるけど。
「……悪い!だから、先帰ってて」
「……いいよ。わかった」
美月の返事を聞いて、奏太はまた友達の方に向き直る。いつもなら、「じゃあ俺も帰る」って言うのに。
まあ、いいか。そう思うことにして、美月は一人で教室を出た。
廊下に出ると、窓際で
「あれ、美月。奏太は?」
「今日残るって」
「そうか」
冬人は特に表情を変えずに言った。
「珍しいな」
「まあね」
「……大丈夫か?」
さらっと聞いてくる。
「え、何が?」
「いや」
冬人は少し間を置いてから、手帳に視線を落とした。
「……何でもない。気をつけて帰れよ」
美月は首を傾げながら、歩き出す。窓の外は、少しずつオレンジ色に染まり始めている。靴を履き替えて、校門を出る。
一人で帰るのなんて、別に珍しくない。そう思っていたのに。今日はやけに静かに感じた。足音が、いつもより大きく響く。違和感があった。帰り道が、やけに静かだ。隣に誰もいないだけで、こんなに違うのかと思う。
「……つまんないなー」
ぽつりと呟く。別に、深い意味なんてない。ただ、なんとなく。
歩いていると、コンビニが見えてきた。昨日も、ここに寄った。いつもみたいに。「奏太、アイス食べたい」って言って。今日は隣にいない。
「一口ちょうだいって言えないじゃん」
誰に言うでもなく、ぼそっと呟いた。自分の声が、遠くに感じた。
店に入って、アイスコーナーの前に立つ。新作のパッケージを手に取る。これ、昨日も見たな、と思う。「うわ、見てこれ!」って言ったら、「はいはい」って返されるやつ。それが、今日はない。
奏太の顔が浮かんで、思わず少し笑う。アイスケースのガラスに映った自分の顔を、ぼんやりと眺める。アイスを手に取ったまま、しばらくそのまま動かなかった。
「……なんだろこれ」
小さく息をつく。理由は分からないけど、気分が乗らなかった。結局、何も買わずに店を出て、また歩き出す。夕方の空は同じはずなのに、色が違って見えた。いつもなら気にしない電線も、遠くの山の稜線も、なんとなく目に入ってくる。風が吹いて、ポニーテールがふわりと揺れる。
奏太がいなくても、困るわけじゃない。一人でも帰れるし、楽しくないわけでもない。なのに、足が止まる。
空を見上げた。雲の隙間に、沈みかけた光がにじんでいる。そのとき。
「——美月?」
後ろから声がした。振り返ると、少し息を切らせた奏太が立っていた。
「奏太?」
「……思ったより先行ってたな」
「走ってきたくせに」
「べ、別に走ってないし」
少しだけ言い淀んでから、頭をかく。
「用事、早く終わったからさ……」
「ふーん」
なんでもないふりをする。さっきまで周りにあった静けさが、遠ざかった。胸の奥にあった違和感が、すっとほどけていく気がした。
「……じゃあ、帰るか」
奏太が言う。
「最初からそうしなよ」
美月は軽く笑った。二人で並んで歩き出す。さっきまで一人だった帰り道が、急にいつも通りになる。足音が二つに増えて、軽くなる。
「ねえ、奏太」
「ん?」
「アイス食べたい」
「太るぞ」
「太らないって!」
思わず笑う。ああ、これだ。これがいつものやつ。
「てかさ」
美月は首を傾げた。
「なんで走ってきたの?」
「……別に」
奏太はそっぽを向く。
「なんとなく」
「あはは、なにそれ」
笑いながら、肩をばしっと叩く。
「痛ぇって!」
いつも通りのやり取り。一人で歩いてたときの感じを、思い出す。
あれ、なんだったんだろう。
分からないまま、美月は前を向いた。夕焼けの中、二人の影が並んで伸びる。さっきまで一人だった影が、今は隣とぴったり並んでいる。
まあ、いっか。たぶん、これでいい。
——そう思ったのに。胸の奥が、じわりと温かくなった。
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