Novel

落ち着かない理由


昼休みの教室は、少し騒がしい。
教室のドアを開ける音、楽しそうな声、椅子を引く音。

桜田さくらだほのかは、いつものように自分の席でお弁当を広げた。

(美味しい)

朝、お母さんが作ってくれたお弁当。
好きなおかずを口に入れると、自然と頬が緩んでしまう。

——その時だった。

(……あ)

ふと、視線を感じた。

顔を上げると、少し離れた席にいる日向晃ひゅうがあきらと目が合った気がして、慌てて視線を落とす。

(……見られてた?)

胸が、どくんと鳴る。
思わず、箸を持つ手が止まる。

変なところ、見られてないだろうか。
食べ方、汚くなかったかな。

急に意識してしまって、さっきまで美味しかったお弁当の味が、少し分からなくなる。

(気のせい、だよね)

そう思いながらも、心臓の音はなかなか落ち着かなかった。

◇ ◇ ◇


次の日。

「……ほのかちゃん」

突然、名前を呼ばれてほのかはびくっと肩を揺らした。
振り返ると、そこにいたのはあきらだった。近い。思っていたより、少し近い。

「これ、余ったから食べない? ほのかちゃん、なんか食べるの好きそうだし」

そう言って、ずいっとお菓子を差し出してくる。

「……え?」

一瞬、どう返せばいいか分からなくなる。
今まで、ほのかは晃とはほとんど話したことがなかった。明るくて、いつもクラスの中心にいるような人だ。

(どうして、私に……?)

理由が分からなくて戸惑いながらも、断る言葉も出てこなくて、そっと受け取った。

「……ありがとうございます」

そう言うと、晃の口元がふっと緩んだ。

嬉しそうにしているように見えて——
その表情が思っていたより優しくて、なぜか頭から離れなかった。

(分からないけど……優しい人、なのかな)

それから、少しずつ。

お菓子をもらったり、食べ物の話をしたり、
ほんの短い会話を交わすようになった。

特別なことは、何もない。
それなのに——

(日向くんといると、落ち着かない)

晃に貰ったお菓子を食べると、
彼はいつも、嬉しそうな顔でこちらを見る。

目が合うと、胸がきゅっとなる。
話しかけられると、嬉しいのに、少し緊張する。
自分でも理由が分からなくて、困ってしまう。

ある日、もらったお菓子を食べながら、ほのかは思った。

(また、見られてたらどうしよう)

そう思って、思わず周りを見渡す。
晃は少し離れた席で、こちらを見ていないふりをしていた。

(ほんとは、見てるのかな)

そう思うと、胸の奥がくすぐったくなる。
ほのかは小さく笑って、お菓子を口に入れた。

(もし、あの時みたいに)

あんなふうに、少しだけ嬉しそうに笑ってくれていたなら。

見られても——

(……嫌じゃない、かも)

そう思ってしまった自分に少し戸惑って、理由はまだ、よく分からないけれど。
頬がじんわりと熱くなった。
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