Novel

『結んだ髪と、ほどけない視線』


朝の教室は、いつも通り少しざわついていた。
そんな中で、ふと視界に入った違和感に、如月冬人きさらぎふゆとは一瞬だけ思考を止める。

——あ。

理由はすぐに分かった。
河島莉紗かわしまりさが、今日は髪を結んでいる。
普段は下ろしているのに。

そのせいかそのせいか、いつもより少しだけ目を引いた。

(——似合ってるな)

そう思った自分に、冬人は少しだけ驚く。
わざわざ口に出すことでもない。
そう判断して何も言わずに視線を戻そうとした、その時だった。

「珍しい〜!今日は結んでるんだ〜!」

星山美月ほしやまみづきの大きな声が教室に響く。

「ツインテールも似合うね。可愛い!」

美月はぱっと目を輝かせて笑顔で莉紗を見る。

莉紗は少し照れたように笑って、無意識に自分の髪に触れた。
いつもより揺れる髪と、少し落ち着かない莉紗を冬人は横目で見ていた。
気づけばさっきより、長く。

美月は一瞬考えるような顔をしてから、にやっと笑った。そして、すぐ近くの席にいる冬人へ顔を向ける。

「ねえ冬人も、今日の莉紗の髪型いいと思わない?」

突然名前を呼ばれて、冬人は一瞬だけ瞬きをした。

(……僕に聞くのか)

心の中で小さく息を吐く。

「え、ちょ——っ……!」

焦った声。その声だけで莉紗が慌てているのが、分かった。
だからこそ、適当に返す気にはなれなかった。

冬人はゆっくりと莉紗の方に顔を向けた。
真正面から、莉紗を見る。
視線が合った瞬間、莉紗の目が泳いだ。
期待と戸惑いが混ざったような表情。

(……やっぱり)

思ったよりも、ずっと似合っている。
そして、そう思っている自分を冬人は隠す気もなかった。

「……ああ」

少し間を置いて。

「似合ってる」

莉紗の顔が、一瞬で赤くなる。

その反応を見て、理由の分からない安堵と小さな満足感が胸に滲んだ。

だからだろうか。もう一度、同じ言葉を口にしたのは。

「似合ってる」

——もう一度、見たかった。莉紗のあの顔を。

「わ、分かったから!もう、いいって……!」

莉紗は耐えきれなくなったように顔を逸らす。
耳まで赤くなっているのが、はっきり分かった。

(……言い過ぎたか)

そう思いながらも、後悔はなかった。

少しして、ほとんど聞こえないくらいの莉紗の声が聞こえた。

「……ありがと」

小さかった。でも、聞き逃すほどじゃない。
冬人はそれ以上何も言わなかった。
ただ、口元がわずかに緩んだ。

(……悪くないな)

何気ないふりをして前を向いた。

一方で、その様子を見ていた小春こはるが嬉しそうに莉紗に小声で何かを言っていた。莉紗の小さな「うん」という声が、微かに聞こえた。

冬人はもう一度だけ、心の中で思う。

(明日も、結んでたらいいな)

その考えに、理由をつける必要はない。
ただ、そう思った。
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