この平凡であるはずの人生は、驚くことばかりだ
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人生には驚くことばかりだ
「オスカーちゃん、今日からここで一緒に暮らす名無しさんちゃんよ。仲良くしてあげてねぇ~」
まさか、また俺に兄妹と呼べるものができるなんて
脳に直接雷を落とされたかのような、驚きは最初は目の前に広がる炎だった
次にジーノ管理官に拾われたこと
その後が……名無しさんが来たこと
一年間、ジーノ管理官と過ごしてきた生活が少しずつ変わっていった
大きな変化というわけではない。少し、賑やかになっただけだ
これは自然の流れといっていいのかもしれないが、名無しさんも将来は警察官になるため共に鍛えられる
女だからといって、甘やかすことはなかった
けれど、
「……」
「あらやだ名無しさんちゃん少し休んだほうがいいわよ」
「だい、じょうぶです。続けます……!!」
「ダメよぉ~~無理して身体壊すほうがよっぽど非効率的よ?それに、親であるアタシが言うんだから休憩は休憩よ!」
「……はい」
一緒にランニングをしていた名無しさんは、隣で激しく肩を上下させ苦しそうに呼吸をし、瞳孔が小さく左右に揺れている
今の今まで走っていたとは思えないほど、肌も青白かった
「オスカーちゃんも、休憩しましょ!ティータイムよ~」
汗を拭きとり、ジーノ管理官の隣でお湯を沸かす
普段は名無しさんの役目だったが、あの様子では立っているのもやっとという風に見えた
だから準備をするのは、今日は俺の番になる
ヤカンの先から煙が上がるのを待っていると、ジーノ管理官がお皿にお菓子を盛りつけながら話し始めた
「名無しさんちゃん、ご両親が死んでるってことは知ってるでしょ?」
「まぁ、はい」
直接聞いたわけではないが、ここにいるということはそうなのだろうと察することはできた
「あの子も悲惨な人生なのよねぇ……両親だけじゃなくって失ってるのよ、中身」
「中身?」
言葉の意味が分からずジーノ管理官のほうを見る
綺麗に飾られた、ショーウィンドの宝石のようなお菓子を満足そうに見た後で俺と視線を合わせた
手で口を隠し、ウフフ、と笑う
「あんまり食べ物の前で言うものじゃないし、本人は結構気にしちゃってるから言うの少し気が引けちゃうんだけどねぇ」
「何が、失われてるんですか?」
「な・い・ぞ・う♡」
「えっ」
すぐ後ろで激しく煙が上がるも、耳には入ってこなかった
言われたことが現実的だとはとても思えない
「オスカーちゃん火!火!」と慌てたように注意されて、初めてお湯が沸騰していたことに気づく
ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ
泳ぐように茶葉が揺れ、お湯をあっという間に琥珀色に染め上げた
「生活に支障はないらしいぐらいとは聞いてたけど、でもたまにあぁなっちゃうみたい」
「そう、だったんですか」
内臓が失われているとはどういった感覚なのだろう
自分のお腹のあたりを撫でてみる
どういった感覚なのかさっぱり分からなかった
けれど、そんな身体でも今の今まで共にトレーニングをしてきたというのか
少し、考えてしまう
両親がいないという点で名無しさんと近いものを感じていたが、やはりあいつはあいつで辛いものを持っているということか
「ジーノ管理官、あの」
「あらぁダメよオスカーちゃん。名無しさんに警察を諦めろだなんて言うの」
考えていたことを読み取られ、俯くしかなかった
危険で、命の危機がいくらでもある警察の世界で名無しさんは女性というハンデを既に持っているのに身体も悪いとは
けど、前に言っていた
「私は強い警察官になるんだ。強くなって、誰も怖い思いをしなくていい町にしたい」と
それを、邪魔をしてはいけない
名無しさんが無理をしていたら、俺が止めてあげればいいだけの話だ
「お待たせ~~名無しさんちゃん♡今日のおやつは、取り寄せたクッキーと、アタシのお気に入りマカロンよ~~」
「ありがとうございます」
名無しさんの前に紅茶を置く
「ありがとう、オスカー」
青白い顔で柔らかく微笑む名無しさんは本当に壊れてしまいそうだった
名無しさんの隣に座る
少しずつだが、お菓子を食べる名無しさんは段々顔色を戻っていった
名無しさんの両親は、悪魔のせいで亡くなったと聞いてる
それでは内臓が失われているのも悪魔のせいなのだろうか
「……やる」
「えっ、いいの?」
「あぁ。口の中が、もう甘い」
「ありがとう!」
小さい手で、クッキーをつまんでいる姿は小動物を連想させた
本当に将来強い警察官になれるのか、と不安になるほど愛らしい姿だった
自分の頬が緩んでいることに気づいたのはジーノ管理官の視線だ
「アナタ達ったら、兄妹みたいねぇ」
「そんなこと」と言いかけてやめた
俺も満更ではなかったし名無しさんも嬉しそうだったから
今思えば、俺には行方不明だったが弟がいた
けれど名無しさんには本当に血の繋がった家族はいない
だから、名無しさんの兄であろうとした
ジーノ管理官も名無しさんの親でいてくれようとしていたはずだ
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