第98話 朝はご飯派? パン派? 俺はラーメン派
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名無しさんが部屋で銃の手入れをしている時だ。
ピンポン、とチャイムが鳴る。
今日は特に訪問の予定はなかったはずだ。
ドアフォンを見ると無地の帽子を深く被った人物がいた。
警戒しながら通話ボタンを押す。
「どなたですか?」
「……」
ドアの向こうは静かだ。
モニター越しに相手を見つめ続ける。
不審な動きはしないかどうかを観察しているのだ。
相手が動く。首を動かしこちらに近づいた。
名無しさんは身構える。
「早く開けろや」
その声を聞いた瞬間、名無しさんは修業の成果を出すような速さで扉を開けその人物を中に入れた。
短い移動だが、全力を出した名無しさんは肩を上下にしながら呼吸をする。
そして呼吸が落ち着いたところで、名無しさんは彼を見た。
「いらっしゃい、ガロウ」
「……おう」
ガロウは帽子を外し、圧迫されていた髪をガシガシと手でかく。
ペタンコになっていた髪はふんわりとし、いつも通りの髪型となった。
名無しさんはガロウをリビングへ案内し、座るよう促した。
ガロウは名無しさんの言うことを素直に聞き、クッションの上に座った。
「水か紅茶か麦茶……あとコーラもあるけど何がいい?」
「コーラ」
「分かった」
名無しさんは普段コーラどころかジュースすら飲まない。
なのに冷蔵庫にコーラがあるのは、常備し始めたのはあの時からだった。
「またな」と言ってくれたその日から、会えるのを楽しみにしながらコーラを購入し続けていた、
小さい頃にガロウがよく飲んでいた飲み物を、名無しさんは忘れていない。
氷が入ったコップと2リットルのコーラをガロウの前に置く。
そしてコーラを注いだ。
ガロウは無言でコップの中の泡を見つめている。
泡が弾けるのと連動するようにガロウはせわしなくまばたきをしていた。
まばたきが多いのは気まずいのか、緊張しているのか。
どちらにせよ、あんな事があった後だ。そんな気持ちになるのも仕方ない。
名無しさんも同じ気持ちだから。
ガロウに気づかれぬよう、静かな深呼吸をする。
「元気にしてた?」
名無しさんがそう言うとガロウはやっと名無しさんと目を合わせる。
この間の野心溢れる目ではなく、小さい頃の目のようだ。
「まぁな」
「そっか、良かった」
「……何笑ってんだ」
「え、笑ってた?」
完全に無意識だったがどうやら笑っていたようだ。
自分の頬をぐにぐにと触り口角が上がっているか確認する。
触った感じは笑っていないように思うが、他者から見て笑っているように見えるのなら笑っていたのだろう。
笑っていた理由は理解している。
「ガロウが元気なのが嬉しくて」
ガロウは目を見開き「キショいんだよ」と吐き捨てコーラを一気に飲んだ。
炭酸でむせることなくおかわりを注ぐ。
名無しさんは笑いながらごめん、と謝る。
「お前は、」
「ん?」
ガロウは壁を見つめる。
唇を尖らせながら問いかけた。
「……大丈夫なのかよ」
名無しさんはまた口角が上がってしまう。
ガロウが心配してくれたのが嬉しいのだ。
精一杯の元気を見せるためにガロウへピースを突き出した。
勿論とびっきりの笑顔付きで。
ガロウは目線がこちらだけ見て「そうかよ」と言いまた目線を戻す。
「いてて……」
「!」
名無しさんが胸を押さえてうずくまる。
ガロウは急いで名無しさんに近寄り背中に触れさすった。
「だっ大丈夫か!?」
「……」
髪が帳のように垂れ顔が見えない。
ガロウはどうにもすることができなくて、背中をさする手を早めることしかできない。
どうする!? 救急車呼ぶか、協会に連絡入れたほうが早いか? いや、コイツそういやヒーロー辞めてたんだった。
悶々と考えていた所で、名無しさんが震えていることに気づく。
「……フッ、くふっ……!!」
うめき声が聞こえ、いよいよまずい。と思いガロウは名無しさんの携帯を探す。
「……ぶふっ」
「……あ゛ぁ!?」
「あはははは!」
「てめぇ!!」
ガロウは名無しさんの胸倉をつかみ、顔が見えるようにする。
名無しさんは苦しんでいるどころか楽しそうにケラケラ笑っていた。
「ふっふふ……まさか引っかかると思わなくて……俺演技下手って言われるのに……あはは!」
「死ぬ覚悟はできてんな?」
「ぎゃーっごめんごめん!」
ガロウは名無しさんにヘッドロックをかます。
名無しさんはガロウの腕を叩き、ギブアップを示していた。
それで止まるほどガロウは優しくない。
ガロウの額と腕には筋が浮かび、脳が怒りで侵食されているのが見て取れる。
……でもお互い理解していた。手加減をしている、されていると。
あの時骨を砕かれた力ではない。傷つける力を出していない。
あの時抱きしめてくれた──
「ガロ……ま、まじ……死……」
「チッ」
名無しさんの顔が青白いグラデーションが作られた所でガロウは手を離す。
心配して損した、という言葉が悪い意味で体験するとは。
もう一発ぐらい殴ろうか、と拳を構えようとする。
「ま、これでお互い様ということで」
首をさすりながら名無しさんが言う。
……そんな事言われたら。
ガロウは作った拳の力を緩める。
これで"お互い様"なんてどう考えても釣り合っていないだろう。
名無しさんの方が沢山傷ついた。入院するほど怪我をしたのに。
どれだけ謝っても、お金を渡しても、贖罪したりない。
今日名無しさんの元に来た理由の1つが謝罪をするために来たのに。
床に額をつける覚悟だってあった。
なのに、
「こんなんで許されるわけねーだろ……」
「俺が言ってんだからいいんだって」
許してもらっているのに、ガロウの気持ちは沈んだままだった。
名無しさんは本当に、心の奥底からガロウの行いを許している。
だが、ガロウ自身が許せないのだ。大切な人を傷つけたことが。
家に入れず、扉の向こうで拒絶してもらったほうが良かった。
許してもらえないほうが楽だった。
罵倒を浴びさせられたほうが吹っ切れた。
この気持ちはどうしたらいいのだろう。自分自身を攻め続けるしかないのだろうか。
「じゃあさ」
俯くガロウの腕に手を添える。
「また友達になってくれないかな」
ガロウは俯いたまま。だが、唇が震えているのが見えた。
何か言いたそうにしているが名無しさんは言葉を続ける。
「また一緒にガロウと遊びたいんだよ。ほら、約束した遊園地にだって行きたいし。スノボとかもいいなぁ……でもゲームとかもしたい」
ゆっくりと顔を上げ楽しそうに話す名無しさんを見る。
見えるものの輪郭が全て滲んでいるが、名無しさんが笑っているのは分かった。
名無しさんは手をガロウに差し出した。
あぁ、名無しさんはいつも手を差し伸べてくれているな。と今更気づいた。
いつも自分はその手を握るだけ。
……今度からそれだけでは駄目だ。もう受け取るだけなのは止めよう。
ガロウは名無しさんの腕を引っ張り肩を組むような体制にする。
名無しさんの後頭部が丁度ガロウの肩にもたれかかる形だ。
「ッたりめーだろ。つか、またってなんだよ。テメーと友達やめた記憶ねーから」
名無しさんはガバッ、とガロウに抱き着いた。
嬉しさが脳に抑えられない。
「はぁ!? テメ離れろや!!」
「えっへへ! そうだよな、俺ら友達だよな、ずっと!」
「……ふん」
ガロウは名無しさんを引き離そうとしない。
名無しさんに触れられているのが、「ずっと」と言ってくれたのが満更でもないのだ。
ガロウから離れたのは、グウゥゥというお腹の音が鳴ってから。
鳴ったのはガロウのお腹からだ。
「腹減った」
「何か作るよ。何食べたい?」
「肉」
「もう少し詳しく。生姜焼きとか、ステーキとか、唐揚げとかさ」
「肉だったらなんでもいい」
「もぉーそういうのが一番困るんだからな! 取り敢えずスーパー行って考えるわ」
名無しさんが立ち上がりガロウの傍にテレビのリモコンを置く。
「自由に見てていいよ」と言い名無しさんは外へ行った。
ガロウは扉に向かってポツリという。
「……ありがとう、名無しさん」
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