第93話 えぇっ!? クビですか!!? この有能な僕を!?
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「君にはヒーローを辞めてもらう」
大きな会議室で、アマイマスクの声が響く。
会議室は30人ほど入るのに、椅子は4つしか埋まっていない。
椅子に座っているのは名無しさん、イアイアン、オカマイタチ、ブシドリルだ。
アマイマスクは座らずに立っている。
「おいアマイ……」
「黙ってくれるか」
イアイアンがアマイマスクに反論しようとしたが、制止されてしまった。
ここにいるのはあの日、ガロウ達と対面したヒーロー達だ。
アマイマスクが名無しさんを見下ろしている。
その顔は、見る者を恐怖させる顔だろう。首元には筋が浮かび上がっているのが証拠だ。
アマイマスクはあの時、ガロウを庇った名無しさんが許せなかった。
どうしてシルバーファングの攻撃を受けたのか、どうしてガロウを抱きしめたのか。
あれは悪だ。完全なる悪なのに、名無しさんは逃がしたに近い。
そのことが、アマイマスクは許せなかった。
「君には失望した」
そんなことを言われても、名無しさんは黙ったままだ。
アマイマスクは続ける。
「せっかくヒーローの中でも期待していたのに、この体たらくとは。ヒーローに相応しくない」
違う。それは違うのだ、と三人は思う。
名無しさんはいつだってヒーローだった。
イアイアンが負けそうになれば助けてくれ、オカマイタチが怪我したら真っ先に治療してくれ、ブシドリルが倒されたら怪人を一刀両断する。
一般人だけではない、三人からもヒーローだと思われてた名無しさんだ。
しかし、今はアマイマスクに反抗できないのは恐怖もあり、心のどこかで何故ガロウを逃がしたのかという気持ちもある。
名無しさんがヒーローを辞めることは嫌だ。しかし、何故ガロウを庇ったのかの理由は聞きたい。
だから静かに聞くしかなかった。
名無しさんはこの会議室に入ってからずっと黙っている。
問いかけられても、口を開くことはない。
「ガロウにやられた傷も治ってないじゃないか。自分の不甲斐なさに腹が立たないのか?」
名無しさんが、やっと口を開いた。
「言いたいことは、以上か?」
他にも言いたいことは沢山ある。
しかし、名無しさんの真っ直ぐな目が、覚悟の声が言葉を出せない。
名無しさんは大きく息を吐いた。
そして、ズボンのポケットからしわくちゃになった紙を置く。
誰もが、その紙が何なのか理解した。
「アマイに言われなくても、ヒーローを辞めるつもりだったよ」
そうやって優しく微笑む姿は、アマイマスクだけでなくイアイアンも見惚れてしまった。
なんて優しい笑顔なのか。
一番最初に我に返ったのはイアイアンだ。
「名無しさんッ……本気なのか……!?」
「あぁ本気だ。俺に、ヒーローの肩書は大きすぎた」
しわくちゃの紙には"辞表"と書いてある。
アマイマスクはしわくちゃの紙を胸ポケットにしまった。
まさか名無しさんがここまで覚悟していることは予想外だった。
確かに失望した。あの時ガロウを庇ったことを。
ガロウが許せなかった。怪人なのに名無しさんに受け入れられていることが。
羨ましい、という言葉では片づけられない。
嫉妬、という言葉では綺麗すぎる。
あの時、確かに黒い感情がアマイマスクを支配した。
ヒーローを辞めさせる、と脅して自分の言いなりになってもらえばいい。
意志なんて持たずに、僕の言うことだけ聞いていればいい。
綺麗な花は自分で育てないといけないのだ。枯れる前に、醜くなる前に。
そう、思っていたのに。
「じゃあな。アマイ、お前とはこれで顔を合わせないかもな」
名無しさんが立ち上がる。その腕を、思わずイアイアンは掴んでしまった。
イアイアンの顔は、悲愴なものだった。
まるでこれでお別れみたいに。
目から涙が零れなかったのは、重ねられた名無しさんの手が優しいものだったからか。
「大丈夫だよ、イアイ。ヒーローを辞めてもお前らと友達辞めたわけじゃないんだからよ」
そうだ、別に今生の別れではない。
連絡すれば名無しさんと連絡なんていつでも取れるし、きっと怪人とも戦うのだ。
何を悲しく思っているのだろう。ただ名無しさんがA級二位という肩書を捨てただけだ。
でも、それでも、イアイアンはA級二位と三位と名前が並ぶのが好きだった。
誇らしかった。名無しさんの隣に名前が書いてあるのが。
イアイアンは名無しさんの腕を離した。
名無しさんが笑う。その笑顔は心配しないで、と笑っているようだ。
そうだ、大丈夫だ。名無しさんのことだから、自警団にでも入るのだろう。
名無しさんが会議室から出て行った。
その背中を、四人は見守るだけ。
「……馬鹿」
小さく呟いたアマイマスクの言葉は、誰にも聞こえていない。
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