第87話 言うこと聞かない犬には強めの「おすわり!」
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衝撃に、子供は目を瞑っていた。
しかし想像していた痛みはやってこない。
おそるおそる目を開ける。
「ヒッ!?」
目の前に、刃の切先。
血が滴りぽたぽたと、床にシミを作る。
血。血、こんなに、血が。
初めて見る出血に子供は狼狽る。
「グッ…….ぅ……!」
『わぁ! すごいね貴公子君。ヒーローってかぁっこいい』
名無しさんの脇腹に深々と刺さる、キリサキングの刃。
キリサキングは片方しか露出していない目を嬉しそうに三日月の形を作る。
『ねぇ? これは痛い?』
キリサキングが刃を横に回す。
「アアァァァァァ!!!」
子供は目をつむってしまった。
これ以上、あんな貴公子を見たくなかったから。絶望をこれ以上受け入れられなかった。
彼にとってヒーローとは、どんな時でも勝つものだと思っていた。
しかし、目の前はどうだろう。
怪我をしている人間に、元気な怪人。
いや、いや。きっと、勝てる。貴公子は勝てる。
……本当に?
”ヒーローが負ける”そんな可能性があるのならば、子供は、それを見たくなかった。
『アハハハハ! まぁ、順番なんてどうでもいいや。君から死のうか』
「……る、……なよ」
『ん? なぁに?』
「ヒーローを、舐めるなよ」
『え?』
脇腹に刺さる刃を、気にも留めず名無しさんが腰を捻り、勢いを付けて手枷でキリサキングの頭を殴った。
ブチッと肉がちぎれる音が鳴る。
名無しさんが勢いよく身体を捻ったのと同時に、脇腹を刺していたキリサキングの腕がちぎれたのだ。
何度も、何度も、何度も、キリサキングの頭を殴る。
怪人だった者は、いつの間にかただの肉の塊となっていた。
名無しさんはその場に座り込む。
肩で息をしているのを、落ち着かせようとしても中々治まらない。
刃が刺さっている脇腹が、痛い。
出血で頭が回らない。全身に、酸素が行き回らない。
ふと、子供の事を思い出す。
あの子は……!?
後ろを振り返る。すると、子供は壁に背中をつけ蹲っていた。
目の焦点が合わぬまま立ち上がり、子供に近づく。
子供の背丈に合わせ、名無しさんもしゃがんだ。
「……大丈夫?」
「ひぃっ……!?」
涙を浮かべるその目は、恐怖に満ち溢れていた。
「怪我は?」
「だだだだ、だいじょ、大丈夫、です……」
ガタガタと震える子供を、撫でる。
大丈夫ではないだろう。こんな目に遭っているのだ。
きっと怖くて怖くて仕方ないだろう。
「あ、ああああの、」
子供が指を刺すのは、名無しさんの脇腹だ。
名無しさんの脇腹には、まだ深々とキリサキングの刃が刺さっていた。
「……あぁ、ごめんね。俺も、大丈夫だよ」
無理に笑う。ここで、大丈夫なふりをしなければ、きっとこの子供はもっと怖がるだろう。
今、ここが敵の本拠地だろうが名無しさんはヒーローでいなければならない。
守るべき者がいるのなら。
しかし、彼も人間である。フラリ、とその場に倒れこみそうになるのを、子供に支えられてしまった。
「はは、ごめんな……。こんな格好悪い所みせて」
子供は、泣きながらも必死で首を横に振った。
「ありがとう。……君は強いね」
その言葉に、子供は少し笑顔になる。
憧れていたヒーローに褒められて、嬉しいようだ。
子供一人では、名無しさんの体重を支えているのも限界があるのは当然で。
名無しさんが座り込むのと同時に、子供も座り込んでしまった。
「(……早く、これを抜かないと)」
自身に刺さっている刃を見る。
抜いたら、おそらく大量出血で死ぬか気を失うか。
一人で、これを処置することはできないだろう。
長い息を吐く。子供に協力してもらうしかない。
キリサキングであった物から、包帯を取る。
「なぁ、悪いけど少しだけ……手伝ってもらえるか?」
「う、うん! 僕にできることなら」
「そうか、ありがとう。実は、ゆっくりでもいいからこれを抜いて欲しいんだ」
「……!」
子供がビクッと肩を上がらせる。
怯えるのも仕方ない。刃とはいえ、これは先ほどまで怪人だった物なのだ。
それに、人間に刺さっているものを抜くなど怖いに決まってる。
それでも、ここからこの子を守るためには
「お願い、できるな?」
子供が、頷く。
恐る恐る刃に手をかける。そして──引いた。
「ぐぁっ……!」
「ッ!」
「ご、ごめんね……大丈夫だよ」
背中から刃が消えると同時に包帯で巻く。
刃は、あと半分。
いっそ一気に抜いて欲しかったが、嫌な事を頼んでいるので希望は言えなかった。
「あと、もう少し……!」
「……!!」
ズルリ、と刃が抜ける。
その瞬間に素早く処理をする。
身体の重みが、抜けたようだ。
「ありがとう。よく頑張ったな」
「……うん!」
痛みが引いたわけではない。だが、ここでいつまでいるのも危ないだろう。
早く脱出しなければ。
「さ、ここから出よう」
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