第85話 受け取った缶ジュース。ごめんね、もう飲めないや
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知っていた。アイツがヒーローになっていたことは
様々な雑誌、テレビで凛とした名無しさんをもう何回も見ていた
心が掻きむしられ、そこから溶岩が漏れ出すように怒りが蓄積されてゆく
何がヒーローだ。裏切者
眩しい名無しさんへ唾を吐き出していた
憎い。嫌い。大っ嫌いだあんな奴
強くなったら一番最初に名無しさんを潰しに行ってやる
綺麗な顔をぐちゃぐちゃにし、地面へ這いつくばらせる事を想像したら笑って……などいなかった
そんな想像をしていた鏡に映る俺は、悲壮な顔をしていた
拳でその鏡を割る
いいや、違う。違う。可哀想なんかではない!
あんな裏切者、ひどい目に合うべきだ!!
それでも、思うように名無しさんへ足が赴かなかったのは
避けていたのは、躊躇っていたのは
名無しさんに会うのが怖かったから
出会って名無しさんは俺をどう思うだろう
ただの排除すべき存在にしか扱わないだろうか
……一度、力試しのために小規模の軍の訓練所へ押しかけたことがあった
真正面からではなく、裏からこっそり入る
さすがに小規模とはいえ数十人の軍を相手にするのはキツイと考えたからだ
その時に聞いた会話がある
「あの名無しさんがいずれ元首になる日も遠くないな」
「まったく、誰があんな子供の命令を聞くんだ。こちらは命を捧げているんだ。それをあんな子供に投げ出されたらたまったもんじゃない」
「遊びではないのだからな。別の後継者でも現れないものか」
「はっはっはっ。さすがに言い過ぎだ。同感だがね」
あぁ成程。子供の時、どうして名無しさんが理不尽の立場のいたのか。受ける側だったのか理解できた
その頃からお前は、俺の定規では測れないほどの大きな理不尽に囲まれていたんだな
二人は暫し見つめ合っていた
驚愕の表情のまま動かない。動けない
「えっ……と、あの」
子供の困惑した声に二人は我に返る
名無しさんが子供の視線に合わせ膝を折り頭を撫でた
「大丈夫か?」
「う、うん」
「そうか。強いな」
子供はA級ヒーロー、軍人貴公子に会えて嬉しそうだ
先ほどの泣き顔は嘘のように、今はとても笑顔である
名無しさんも子供が笑顔になったことに笑う
そして立ち上がった
目線を一瞬ずらし、目を瞑る。そして覚悟を決めたように開きガロウを見つめた
「久しぶりだな、ガロウ」
「お、おう」
単語のやり取りでさえぎこちない
子供もいることだし、ベンチへ座ることを促した
左からガロウ、子供、名無しさんと座る
「ハハ、偶然だなこんな所で会うなんて」
「……そうだな」
「つーかガロウ滅茶苦茶身長伸びたなぁ。最初誰かと思ったよ。あっという間に越されちまった」
「オメーが縮んだだけだろ?」
「そっそんなことねーし! これからも伸びるし!」
「ハッ。精々無い希望抱いて頑張れよ」
「何をう!!」
段々自然になってゆく会話に、二人は身を委ねていた
出会った時どうなることかと、心臓が破裂しそうだった
ヒーローとして、戦わねば
怪人として、狩らなければ
だが二人は友人としての立場が最優先となった
二人の会話に子供が言葉を挟む
「貴公子とおじさん……知り合いなの?」
「おじっ……」
「ブハッ」
思わず笑いが噴き出た名無しさんに、ガロウが後頭部を裏拳で殴る
口を押えていた手は頭へ回る
かなり痛そうだ
「(ンで……手加減してんだ俺は)」
名無しさんを殴った手を見る
名無しさんはかなり痛がっているが、かなり力を抑えた
もう少し力を出せば名無しさんはこの場へ倒れただろう
怪人としてヒーロー狩りを執行できていたはずだ
それなのに……
自分で自分の気持ちが上手く整理できず、ため息で外に吐き出すことでモヤモヤを解消する
自分が名無しさんとどうしたいのかも、実は分かっていない
横を見やると、心配して声をかけている子供に笑顔で対応している
そして立ち上がった
「何かジュースでも奢ってやるよ。ガロウ何がいい?」
「……コーラで」
「君は?」
「えっ、でも」
「さっき頑張ったご褒美だ」
「えぇっと、じゃあ……」
子供のリクエストを聞くと名無しさんは歩き出す
この辺で自動販売機は公園の向かい側にしかなかった。少し歩くしかない
だが今のガロウにとってはありがたかった
平和の空気に煮えられた脳を冷やすために
ベンチの背もたれに更に深く腰掛ける
空が見上げられる程に
心臓がバクバクしている。緊張しているのだろうか
久々に会った名無しさんは変わっていた
下を向かず前を歩く姿勢。妖艶さが混じる声
でも、変わっていない
根本的な所では変わっていないのだ
「おじさんすごいね! あの貴公子と知り合いなんて……!!」
「あ?」
子供が目に星を輝かせてガロウを見る
「だってあのA級の軍人貴公子だよ? もう近くにいるだけで緊張しちゃって、あまり話しかけられなかったよ……サイン頼もうとしてたのに」
「そりゃ、良かったな」
「へへ、ヒーローに助けてもらえたなんて一生の自慢だなぁ。おじさんも、助けてくれてありがとう」
”ヒーロー”
その単語に舌打ちが出る
子供が肩を跳ねさせようとガロウは気にも止めなかった
そうだ、アイツはヒーローだった
しかしA級二位という好条件の相手にも関わらず狩る気が起きないのは
「アイツは、ヒーローなんかじゃねぇだろ」
「え? ヒーローだよ。だって」
あぁそうか分かった。どうして名無しさんを狩らないのか
本物の怪人としての階段にしないのは
アイツが、ヒーローなんかではなかったからだ
テレビなど、メディアで観る名無しさんは凛々しく、勇ましく、国色天香に怪人を倒すのは正にヒーローだった
だが、今こうして出会った名無しさんはヒーローなんかではない
あれはただの哀れで愚かな、
「おい食い逃げ犯!」
一人男の呼び声
黄色いスーツに白いマント
「ヒーロー……か?」
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