第14話 すれ違った時のシャンプーの香りが一番ドキドキする
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ある日名無しさんは思いついた。
番犬マンの対策を思いついてしまったのだ。
考えがまとまったのは午後の授業中。
思わず笑みがこぼれてしまうほど。
名無しさんのその様子にクラスの男女は自然と見つめていた。
先生は注意しない。何故なら先生も名無しさんの笑みに魅了されていたから。
窓から入る風が名無しさんの髪をなびかせた。
名無しさんの周りだけが、まるで別次元のようだった。
「フフ……これで!」
授業が終わり、放課後となる。
名無しさんは真っ直ぐ帰らずにボンキ・ホーテに立ち寄った。
手には小さな小瓶。口元に寄せるとツン、とするほど甘い匂いがした。
そう、番犬マン対策とは香水である。
番犬マンは名無しさんが良い匂いと言っていた。
耳の裏あたりを嗅がれるという事は、柔軟剤やシャンプーの香りではない。
名無しさん自身の体臭が番犬マンは好きなのだ。
自分の体臭は、自身では分からないし、そもそも改善するのも難しい。
変えられないのなら、上書きをしてしまえばいいではないか!
そう思い、名無しさんはボンキ・ホーテで一番安い、粗悪品のような香水を購入した。
これでもう番犬マンに付きまとわれないと思うと、興奮で眠れなかった。
ほぼ徹夜のような体制で次の日を迎えた。
行くのはただ1か所。Q市のヒーロー協会だ。
番犬マンに会いに行くため。ではなくP市で発生した怪人が、ぎりぎりQ市で倒したためだ。
なので報告はP市とQ市どちらにもするように、と上から指示が下りた。
面倒だ、とは思うがイアイアンも一緒なのでそんなに腰は重くない。
協会の出入り口付近で集合し、中へと入った。
イアイアンは鼻を動かす。名無しさんから嗅いだことのない匂いがしたから。
「どうした、香水なんてつけて」
「やっぱ気づく? 番犬マンさん対策」
なるほど、とイアイアンは納得。
できれば番犬マンに会わないことが一番の対策だな、と言いながら。
報告書の紙を受け取り、長くなりそうだからと休憩室に行った。
休憩室にはエアコンもあり、テーブルもイスもある。なんならウォーターサーバーと自販機まであるのだ。
ほとんどのヒーローは休憩室で報告書を書くだろう。
ヒーロー協会には全て休憩室があるが、中でもQ市は一番綺麗な休憩室。
なぜなら利用者が少ないから。
Q市には休憩室の利用者はスタッフしかいない。
そしてヒーローも番犬マンしかいないし、番犬マンは休憩室など使わない。
だからQ市の休憩室は綺麗なのだ。
「はぁー。R市の報告書に全部書いて、Q市に共有でよくない?」
名無しさんがヒーロー協会のシステムに文句を言う。
「確かにやり方は大分アナログだな」
イアイアンは同意した。
「効率のいいことをしてるのはA市だけなんだよなぁ……」
「まぁA市のスタッフは仕事人間だらけだから、無駄な事はしない主義なんだろう」
「もう報告書全部A市に提出でよくない?」
「しかもA市は手書きじゃなくてパソコンで記入らしい」
「うわーいいなぁ」
そんな雑談をしながら報告書を書き終えた。
上の者に逆らう権利を持っていない2人は言うことを聞くしかない。
でもこうして愚痴を言うのは許してほしい。
廊下に出てからは話題をまるっきり変える。
そしてスタッフへと提出して許可待ちだ。
許可待ちぐらいであればそんなに長い待ち時間ではないので、名無しさんとイアイアンは立ったまま雑談をしていた。
会話が止まったのは、とある人物が協会に入ってきたため。
白いモコモコの着ぐるみはとても目立つ。
名無しさんは自然とイアイアンの後ろに隠れた。
対策はしてきたものの、やはり怖いものは怖い。
「名無しさん」
「こ、こんにちは番犬マンさん」
光の入らない黒い瞳が名無しさんを突き刺す。
名無しさんが番犬マンと目を合わせない理由だ。
普段表情を崩さない番犬マンが、少しだけ、ほんの少しだけ眉を動かすのが見えた。
「なに、その臭い」
「えっ……と、香水、です」
名無しさんの声はところどころ裏返っている。
頑張れ名無しさん、とイアイアンは心の中で声援を送った。
「何で?」
「お、俺も身だしなみに気を付けようと思いまして……」
「ふぅん……」
番犬マンは名無しさんに背を向けてどこかへ歩いて行った。
白いモフモフの背中はもう遠い。
暫し無言だった名無しさんだが、ジャンプする勢いでガッツポーズをした。
作戦成功!
これで今度から番犬マンに近づかれない!
少しは平和なヒーロー生活になる!
「やったねイアイ!」
「良かったな。だが、その匂い少しキツくないか」
「俺もキツイ。けどまぁ番犬マンさんのこと考えると仕方ない」
アハハ、と名無しさんはずっと笑っている。
やがて報告書が受理された報告を受け、協会から出るために扉へ向かった。
名無しさんはスキップをしたいくらいだ。
今日は高級焼肉をしたっていい。
それくらい、嬉しい出来事なのだから。
だが、名無しさんもイアイアンも油断していた。
油断は不幸を誘き寄せるエサだというのに。
「……?」
「名無しさん!?」
「よし」
最初に名無しさんが感じたのは背中の冷たさ。
その後に自分の髪から水滴が滴ったのを見て水だと理解。
後ろを振り返れば番犬マンがバケツを持って名無しさんを見ている。
バケツの中は先ほどまで水が入っていたのか、水滴がついていた。
番犬マンさんに? 水を? ぶっかけられた??
状況の整理が終わる前に、番犬マンは手に持っているバケツと床に置いたバケツを交換する。
そして、また名無しさんのかけた。今度は背中ではなく顔に直撃するように。
「ぶはっ!!??」
「これで臭い取れたね」
名無しさんとイアイアンだけではない。
協会内にいる一般人もスタッフも茫然としていた。
唐突のことに動けないのは皆一緒だった。
「じゃ、いつもの名無しさんの匂い嗅がせてもらうね」
「っギャァァァァァ! 助けてイアイィィィィ」
名無しさんの叫びを聞いてやっとイアイアンは現実に返った。
番犬マンが名無しさんを押し倒して被さるようにしている。
イアイアンは番犬マンを羽交い締めのようにして引っ張った。
だがびくともしない。
「ちょ、番犬マンさんやめてあげてください!」
スタッフは「掃除が面倒だなぁ」と思いながら3人を見ていた。
関わりたくはないので、見知らフリをするのは仕方ないと思わせてくれ。
びしょびしょになってしまった名無しさんはイアイアンが稽古用の服とタオルを持っていたためそれを借りた。
半袖のTシャツなのに名無しさんが着たら7分丈だ。
ズボンもめくりあげ、ウェスト部分はゴムで縛る。
「本当にありがとうイアイ……」
「いや、俺も守れなくてすまない」
いつか番犬マンをプールか海に落とす。
名無しさんはそう固く決意した。
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