29発目
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逃げることは悪いことだろうか。
先のことを考えないことは悪いことだろうか。
ゴールは怖いから。
先の事を知るのは怖いから。
未来の事は見ないでいよう。
だが、逃げ続けた先には絶望と地獄しか待っていないというのに。
「さ、3000円……!?」
ATMの前で大きな声を出しそうになってしまった。
慌てて手で口を塞ぐ。
周囲のお爺さんお婆さんが名無しさんをギロリと睨む。
名無しさんは慌ててATMから全てを抜き取って銀行を出た。
くしゃくしゃとなったご利用明細を開くのが怖い。
あれは幻覚ではないのかと、あとは見間違いなのではと。
おそるおそる、紙を開いた。
そこには確かに3000と書かれている。
すぐに紙を握りしめてポケットに突っ込む。今のは見なかったことに!
しかし一歩、また一歩と歩くうちに沼に入ってしまったようになる。
この絶望の沼に嵌って、抜け出せない。
この金額で今後どう生きていけと!?
家賃も払えない!
電気代も払えない!
水道代も払えない!
はぁっはぁっ、と息が切れる。
流石に、どれだけ力を持ってても、どれだけ感情が死んでいても、生活ができないのは絶望してしまう。
トボトボと、全身の力が抜けたまま歩く。
背筋が伸びたのは、鼻にソースの香りが届いてから。
自然と香りの道を辿ってしまう。
香り道の先には、たこ焼き屋さんがあった。
少しでも節約しなければならない状況なのに、欲望に勝てない。
いつの間にか、無意識に財布を開いていた。
「たこ焼き1つー!」
「はい! 300円ね」
「やすっっ!?」
きちんと8個入っていて、マヨネーズもかけてくれる。
これでこの値段は破格である。
たこ焼きを店員から受け取り、隣にあるベンチに腰掛けた。
熱いたこ焼きを口に入れ、空気を入れながら食べる。
ちゃんと美味しい。どうして、と言ってしまうほど美味しい。
ふと、たこ焼き屋のポスターを見る。
そこには、"アルバイト募集"の文字が。
時給……1300円!?
あまりの好条件に、驚いて立ち上がってしまう。
勿論、たこ焼きを落とさず口に放り入れて。
全て平らげ、ゴミを捨てながら店員に近づく。
「あ、あの、これ……」
ポスターを指さす。
それに気づいた店員は微笑んで答えた。
その微笑みは、普通の人なら噓くさいと思うだろう。
しかし名無しさんは輝いた目のまま。
店員を疑う気持ちなど、一ミリも浮かんでいない。
「実は人手が足りなくてね。もしかして、面接希望者かい?」
「やりたいです! 今生活に困ってて……日払いとかできますか」
「君が望むなら出してあげるよ」
「やったー!!」
この世の喜びを表現する万歳。
当日にお金を貰えるのはありがたい! これでご飯の心配をしなくて済むのは精神的に楽となった。
普通の人ならば、この安さと時給の高さを怪しむだろう。
人間は旨い話を疑う。何か裏があるのでは、危険なことをしているのでは。
こうしてズカズカと怪しいお店に入って面接するのは名無しさんぐらいではないだろうか。
「名前は?」
「名無しさんです! お兄さんは?」
「(お兄さん……)私はジーナスだ。よろしくね」
名無しさんはジーナスの手を取り、ブンブンと振った。
感謝を伝えるように、神から救ってもらったように。
ジーナスは内心、困惑と喜びがあった。
偉大な研究者とはいえ、今はただの一般人。
だからこそだろうか。こんなにも人に喜んでもらうことが気持ちが良いとは。
たこ焼き屋を開いて、お客さんに「美味しい」と言ってもらえることも嬉しかった。
こうして、人を雇うだけで喜んでもらえるのも嬉しい。
「あのぉ……履歴書買うお金も無くってぇ……」
「ははは、そしたら履歴書なくてもいいよ」
「えぇ!? いいんですか!??」
「人が入ってくれるだけで助かるからね」
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