サイタマは、初めての感情を持っていた。
ジェノスの核と、名無しさんの死体。
怒りでは収まらない、腹の底がぐつぐつとした感情。
何もかもを破壊するための拳が、思う存分ガロウを殴る。
怒り、憤怒、憤り、復讐、雪辱。
名無しさんが死んだ?
どうして、どうして、どうして。
ジェノスが死んだ?
何故?
目の前がぐらつく。
目の前のガロウが、怪人でも、人間でも、生き物にも見えない。
ただただ、腹の底に煮えたぎる感情を発散するために殴るだけだった。


「ああ。腹冷えてガマンしてたんだけど光ってビックリしたら」


拳を構える。


「屁ェ出ちゃって」


ガロウは何も喋れない。
目の前にいる生命体の力が、強さが、計り知れないから。


「その拍子に追いついた!」


サイタマの拳がガロウの顔に叩きつけられようとしていた。
本来のストーリーならば、その拳はガロウの怪人の皮を破るだけ。
地球に帰るだけだった。
だが、未来が変わったせいで、サイタマにとって大事な人がもう1人死んだせいで。
その拳は、殺すために振り下ろされたものだった。


『──』


何もできない。何も動かせない。
何も考えられないまま、その拳を受け入れるだけであった。


「!」


サイタマが目を開く。
ガロウを殺すための拳は、誰かに止められたから。


「間に合ったー! 大丈夫? ガロウ君」

「名無しさん!」

『名無しさん……?』


目の前に名無しさんがいる。
血だらけのTシャツと顔だが、その顔は元気そのものだった。


「お前、どうして、」

「生き返った」


ピース、とサイタマの前に出した。
いつも通りの名無しさんにサイタマは全身の力が抜けた。
ペタリ、とその場に座ってしまうほどである。
聞きたいことが沢山ある。そう思った矢先に、


「ギャーッ!!??」

「ヘブァァッ!?」

『!?』


名無しさんがサイタマを殴った。
おかげでサイタマはまたしても地面に埋まってしまったのである。


「サイタマの変態!!! 何!? 全裸流行ってるの!!!??」


ガロウは驚愕した。
あの手だし出来なかったイカれたバケモンを、一発で、しかも、地面に埋めるほどの威力。
確かに、名無しさんのことは強いと思っていた。
しかしここまで強いとは知らなかった!
バケモンが2人。
すっかりガロウは戦う気力が無くなってしまう。


「いってーな! しょうがないだろ!! そいつに服吹っ飛ばされたんだから!」

「えぇ!? じゃあ隠すものないの!?」

「そうだよ」

「……」


あんぐり、と名無しさんは口を開けてしまった。
仕方なく、名無しさんはTシャツの腹部分を破る。
それで股間が隠せるわけではないが、大切な部分を隠すのはできるだろう。
これでサイタマは両手が塞がってしまったのである。


「んで、どうしたんだよ名無しさん」


サイタマは安堵のような、嬉しいような声色で聞いた。


「えーとね」


名無しさんは先ほどにあったことを説明する。