あなたの痛みが無くなるように
『あなたの痛みが無くなるように』
刀剣男士は皆、美しい桜を舞わせることがある。けれど、たった一振り、五虎退の桜だけは見たことがなかった。
ーー痛いのは、嫌、ですから
どうして、と尋ねても五虎退はそう答えるばかり。ただ、力無く微笑む五虎退を見ればそれ以上を聞くことは出来なかった。
彼の桜を見れないのは残念だけど、桜が無くても五虎退はとても強いし、いつも楽しそうに笑っている。
それで十分じゃないか、と思った。ーーそう、思うようにしていた。
「あるじさま」
だから、これは夢だと思った。
「すみません。すぐに終わらせますね」
敵の影に怯える私に、甘い黄金色が優しく微笑みかける。
常よりも甘く、そう、花の独特な甘い香りをほのかに身に纏って、五虎退が私の前に立つ。
どうしてだろう。
五虎退はいつものように柔らかな笑みを浮かべているはずなのに、その香りを纏うだけで何かが違った。
足を、腹を、首を伝って、何かが駆ける。
しびれる微かな痛みと、どこからか迫りくる悪寒。体が縛られたように動かない。喉が渇いて、言葉が出ない。
そうして何も返せず固まる私に、それでも五虎退は眉を下げて笑うだけで。
「少しだけ、どうか目を……。大丈夫です。僕は強いですから」
五虎退の手が視界をさえぎる一瞬、ひとひらの花弁が横切った。
暗い中でも淡く光る、薄桃の花。
ーー桜吹雪はね、刀剣男士の殺意なんだよ
そう誰かが教えてくれた言葉を、私は上手くのみこむことが出来なかった。
美しい桜を纏い生き生きと戦う彼らを怖いと思う心を、見つけてしまうのが恐ろしかったのかもしれない。
だから、五虎退に桜が現れないと知って、ホっとしたのだ。
(なんて、ひどい主なんだろう)
剣戟の音が鳴り響く。虎たちが声をふるわせて何かに襲い掛かった。
五虎退が戦っている。私を守るために。
なのに、私はどうだろう。ただ体を強張らせて、何も知らないふりをして、あげくの果てに、五虎退にあんな顔をさせた。
それを五虎退は、それでも、笑って、許してくれたのだ。
こんなみっともない私を、主として守ろうとしてくれているのだ。
(こんな私で、……いいの?)
音が高く鳴った。何かが勢いよく飛び散った。虎たちが吠えた。
五虎退の、声が漏れた。
震える右手を、震える左手で強く押さえつける。
痛みとも分からない痛みは依然としてあって、それでもそれを押し殺そうと瞼に力を込める。
どうか、どうか、あなただけが苦しまないで……。
甘い香りが鼻をかすめた。
目を開けば、薄桃の桜が舞い踊っていた。
そして、その先で五虎退が敵の懐に刃を突き立てた。
いつもの甘く優し気な黄金色の瞳はどこにもなくて、ただ静かに敵を見据えて貫く暗い眼差しと、ほのかに高揚の光も見えて。
背筋が凍る。指先から冷えて、先までとは別の痛みも帯びていく。
涙が溢れて、歯が噛み合わなくて、怖くて、怖くて。
それなのに、どうしようもなく美しく見えてしまうその光景から、目を逸らすことだけは出来なかった。
刀剣男士は皆、美しい桜を舞わせることがある。けれど、たった一振り、五虎退の桜だけは見たことがなかった。
ーー痛いのは、嫌、ですから
どうして、と尋ねても五虎退はそう答えるばかり。ただ、力無く微笑む五虎退を見ればそれ以上を聞くことは出来なかった。
彼の桜を見れないのは残念だけど、桜が無くても五虎退はとても強いし、いつも楽しそうに笑っている。
それで十分じゃないか、と思った。ーーそう、思うようにしていた。
「あるじさま」
だから、これは夢だと思った。
「すみません。すぐに終わらせますね」
敵の影に怯える私に、甘い黄金色が優しく微笑みかける。
常よりも甘く、そう、花の独特な甘い香りをほのかに身に纏って、五虎退が私の前に立つ。
どうしてだろう。
五虎退はいつものように柔らかな笑みを浮かべているはずなのに、その香りを纏うだけで何かが違った。
足を、腹を、首を伝って、何かが駆ける。
しびれる微かな痛みと、どこからか迫りくる悪寒。体が縛られたように動かない。喉が渇いて、言葉が出ない。
そうして何も返せず固まる私に、それでも五虎退は眉を下げて笑うだけで。
「少しだけ、どうか目を……。大丈夫です。僕は強いですから」
五虎退の手が視界をさえぎる一瞬、ひとひらの花弁が横切った。
暗い中でも淡く光る、薄桃の花。
ーー桜吹雪はね、刀剣男士の殺意なんだよ
そう誰かが教えてくれた言葉を、私は上手くのみこむことが出来なかった。
美しい桜を纏い生き生きと戦う彼らを怖いと思う心を、見つけてしまうのが恐ろしかったのかもしれない。
だから、五虎退に桜が現れないと知って、ホっとしたのだ。
(なんて、ひどい主なんだろう)
剣戟の音が鳴り響く。虎たちが声をふるわせて何かに襲い掛かった。
五虎退が戦っている。私を守るために。
なのに、私はどうだろう。ただ体を強張らせて、何も知らないふりをして、あげくの果てに、五虎退にあんな顔をさせた。
それを五虎退は、それでも、笑って、許してくれたのだ。
こんなみっともない私を、主として守ろうとしてくれているのだ。
(こんな私で、……いいの?)
音が高く鳴った。何かが勢いよく飛び散った。虎たちが吠えた。
五虎退の、声が漏れた。
震える右手を、震える左手で強く押さえつける。
痛みとも分からない痛みは依然としてあって、それでもそれを押し殺そうと瞼に力を込める。
どうか、どうか、あなただけが苦しまないで……。
甘い香りが鼻をかすめた。
目を開けば、薄桃の桜が舞い踊っていた。
そして、その先で五虎退が敵の懐に刃を突き立てた。
いつもの甘く優し気な黄金色の瞳はどこにもなくて、ただ静かに敵を見据えて貫く暗い眼差しと、ほのかに高揚の光も見えて。
背筋が凍る。指先から冷えて、先までとは別の痛みも帯びていく。
涙が溢れて、歯が噛み合わなくて、怖くて、怖くて。
それなのに、どうしようもなく美しく見えてしまうその光景から、目を逸らすことだけは出来なかった。