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Caligula-カリギュラ-

「―現実での僕は――…」

 予測不能な行動を起こす「琵琶坂 永至」こと”Mr.パーフェクト”。俺にはこの男の思考回路など理解できそうもなかった。

 部室の机で黙々と作業をする彼を眺める。ふわふわしたその茶髪はどこかプードルを連想させる。セレブ感も増しているし、ぴったりだ。本人に言えば無言の圧力というものをかけてきそうだが、心の中で思う分には自由だ。…とは言っても、残念なことに彼は犬のような従順さは持ち合わせていないようだけど。
 しかし、妙なところで素直だったりする。よく解らない人だ。…まあ、理解なんてする気もないけれどね。

「…僕に何の用かな。それに、真面目に考えているのかい。」
「へ…?あぁ、うん。考えてるよ。」

 放課後の行動なんてどうでも良いだろ、と言えば怒るだろうか。行き当たりばったりな行動は一番嫌いだ。全くもって効率が悪いのだから。
 部室に来る途中で買った缶コーヒーに口をつける。しつこい甘さが口内に広がる。そんな俺を見てセンパイはわざとらしくため息をついた。

「…仮にも僕は君の先輩なのだけれど、その無遠慮さは称賛に値するね。」
「そりゃどうも。…優等生さんはこんな世界でも正しくあろうとするよね。適当にやっていっても全然構わないと思うんだけど。…何だか、とっても滑稽に見えるよ。むしろ滑稽すぎて逆にかわいそうなくらいだよ。」

 言葉こそは発しなかったが、明らかに不機嫌そうになった。…そういうところで素直なんだよね。

「…君には関係ない。僕がここでどう振る舞おうと勝手だろう?逆に言わせてもらうけど、君はどうしてこんなに低俗な人間なのに皆に慕われているんだ?」
「…言うねえ。――優等生さんはそんなことすら解らないらしいね。見かけ倒しも程々に…ね?」

 センパイが小さく舌打ちをした。本当にかわいい人だ。俺に好き勝手やられている時の扇情的な態度も好きだけど、こんな感じに生意気…とでもいうのか、こういうところも好きだ。

「――虫の居場所が悪いのは分かった。だからと言って僕に八つ当たりしてくるのはよしてもらいたいね。――不愉快だ。」
「あは、まさか。不愉快とは心外だなぁ。でもまあ、その綺麗な顔を歪めることができたし、まあいっか。センパイの嫌がる顔、好きだよ?…特に、ヤってるとき…とか。」
「…随分と高尚な趣味をお持ちで。でも世間では悪趣味、と言うんだよ、それ。知っているかい?」
「冗談。そんなの言われるわけないじゃん。だって、俺だよ?桐生瀬那。頼れる帰宅部の部長、俺に悩みを打ち明ければ全部解決――ってね。こんなに出来た人間がそんなこと言われるわけないじゃんね。そんなことを言うのはセンパイくらいしかいないよ。」

 わざとらしく大げさに振る舞うと、案の定、侮蔑のまなざしを向けてきた。自意識過剰、あるいは傲慢だと訴えてくる。

「傲慢か?でもねえ、よく考えてみて。実際そうじゃないか。」
「…解っているなら多少は自重しなよ。そうやっているうちに足元を掬われるよ。」
「ご忠告ありがとう。でもね、俺はそんなヘマはしないよ。俺の性格を見抜けるのはセンパイだけだよ。だからこうして特別なセンパイには素で振る舞っている。」
「へぇ…そう。特別?君は冗談が上手いなあ」

 くすくすとセンパイは笑う。…気に入らないな。

「――特別扱いしてほしいのは君のほうなんじゃないのかな?誰よりも上でありたい、見下されるのは嫌い。そういうのは弱者の考えだよ。そして、何も持っていない人間の言うことだ。君は全力でそれを表現する。…滑稽なのは、どっちかな?」
「…っ、あんた、イイ性格してるよ、ホント。ここまでコケにされたのは初めてだ。滅茶苦茶にしてやりたいくらいだね」
「ははっ、やってもいいよ?でも、それで君は何が変わるんだろうね?」
「…ハッ、どっちが悪趣味なんだか。」
「悪趣味?それは違うな。僕は本当のことを言っているだけさ。」

 余裕ぶるこの優等生に初めて腹が立った。嫌な奴だな、本当に。自分からふっかけておいてこのザマは何だ。酷い誤算だ。誤算どころか、もはや失策だ。

「僕のことを大して知らないのに、君は馬鹿の一つ覚えのようにべらべら話すね。」
「俺について、あんたに何がわかるんだ?あんただって知らないだろう。」
「誰が君を知ろうとしてるって?随分な自惚れじゃないか。残念だけど、君のことなんて興味ないよ。僕たちはそんな関係だったかな。」
「…。なるほどね。まあ一理ある。今回は俺の負けだよ。で?何がお望みですか、センパイ。」
「それじゃあ、真面目に今後の対策を考えてもらおうか。いつも僕に任せっきりだよね?いい加減部長としてもっとそれらしいことをしてくれ。」
「…そんなこと?…はぁ~。解ったよ。」

 もっとどぎついことを言われるかと思ったが、これじゃ拍子抜けもいいとこだ。俺はしぶしぶペンを持った。

「――…そうだ。」
「今度は何ですか、センパイ」
「…僕と君は、結局同じ穴の貉だよ。」
「―…。馬鹿でしょ、センパイ。俺は少なくともそこまで根性は曲がってないね。」
「…ふふ。そうか。それはそれで構わないよ。」
「…でもまあ、同じであっても困るんだけどね。同じだったら、きっと目も当てられないような凄惨な関係になるだろうしね。」
「…僕は、凄惨な関係でも構わないけれどね。きっと、その時こそが本当の自分だ。」
「…お互いに深く踏み込まない、そういう関係が良いんだよ。」
「ふふ、その通りかもしれないね。」

 理想世界では、理想なままでいたい。それ以上の関係は不必要で、割り切れる関係でいられる。俺とセンパイはお互いに、現実まで引きずるような存在にはなりたくないんだ。
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